ピンピンコロリとネンネンコロリ【第1章②】
自分の死に際についてどうありたいかを考えて、その理想に向かって精一杯生きることが、結果的には悔いなく人生を終えることになるのだろう。
しかし、多くの場合、死の直前は、相当苦しみが伴う。
その苦しみの一つは、死に対する恐怖からくるものである。
ピンピンコロリとネンネンコロリは、その恐怖を感じることなく自然死するようなものだから、最も理想的なのかもしれない。
死に際に、家族が駆けつけて見守ってくれるとき、それは幸せなひとときなのかもしれないが、同時につらい別れでもある。
そのときに、いっそのことボケていたらこんなつらさは感じなくても良いのにと思うかもしれない。
ただ、ボケていたら、家族のほうが死ぬまで振り回されるわけであり、ボケている本人も、自分の意志がほぼ通じなくなっている状態であり、生きることに価値を見いだせなくなる。
死に対する恐怖は、残り少ない人生を自覚したとき、ちょくちょくと訪れるだろう。
そのときに、その恐怖心を少しでも和らげる存在となるのは、同世代の仲間である。
病院で看護師に慰められてもいっときの癒やしにしかならない。
やはり、自宅で過ごしながら、同世代の仲間と同じ地域に住むことが、第一条件となるだろう。
家族の存在を否定するわけではない。
何より配偶者が自分と同世代であって、ずっと助け合って生きてきた仲であるならば、その配偶者の存在が一番の支えになる。
問題は、死に際に、その配偶者がいるかどうかである。
私の祖父は、たった一人で亡くなった。
さて、自分の死に際に寄り添う人は、誰であろうか。