「地域の学校」を目指す大垣東中学。保護者や地域を巻き込むためのルールメイキングの在り方
マガジン「ルールメイキングと学校」では、ルールメイキング実践校の校長先生を対象に、学校経営者から見た、プロジェクトの導入から実践、その後の変化と今後の展望を伺います。
第1回目は岐阜県大垣市にある大垣市立東中学校の石橋佳之校長です。
「傘の色を変えたい」という生徒からの提案で、校則見直しの取り組みに乗り出したという石橋校長先生。その後、傘以外のルールの見直しにも範囲を広げていくなかで、「自分の古い感覚ではなく、生徒が生きている今の感覚にあわせてルールを見直していく必要がある」と、ご自身の考え方も変化していった石橋校長。
さらに、生徒・教員だけではなく、保護者・地域の方も巻き込んだ学校づくりの一環としてのルールメイキングを目指しています。その実現のために、生徒たちの改正方針に対して、保護者や地域の方からアドバイスをもらう「意見交換会」という機会を設けました。
地域と学校がつながる、そのための「題材」としてのルールメイキングの成果は「期待以上」だったと語る石橋校長のインタビューからは、ルールメイキングの可能性の大きさが伝わってきます。
生徒の提案によって生まれた校則見直しの出発点
―1年間のルールメイキングの流れと、石橋先生が”校長先生”として、どのくらいプロジェクトに関わられていたのかお聞かせください。
石橋校長:2021年6月にキックオフをしてから、12月には改定内容の策定、1月には改正案の策定を行う流れで進めていました。制服やカバンなどの学校指定品についての校則は、新入生の入学準備にも関わりますので、そこに間に合うようにと。
またスタート時点では、随分深くプロジェクトに関わっていました。元々、私が手を挙げて「やるぞ!」と言ってはじめたものなので。それから徐々に手を放していきました。
―どのような背景で、このプロジェクトに乗り出そうと決めたのですか?
石橋校長:実は2020年度から学校独自で、校則を変えるプロジェクトを行っていました。きっかけは生徒が「傘の色を変えたい」と私に言いに来たことです。
「そんな色決まっとるんか?」という感じで、私も恥ずかしながら校則を細かく把握していませんでした。確かに校則には、”傘の色は黒か紺”と記されていました。生徒たちは、「透明な傘の方が前も見えるし、夜道での危険も減る」と言っていて、その通りだなと。
改めて校則をよく読んでみると「こんなことが規定されてるのか!」という内容が他にもたくさんありました。世の中でも"ブラック校則"などは話題になっているし「これは校則を見直すいい機会だな!」と感じたんですよね。
さっそく生徒会に声をかけて、生徒議会や各学級での話し合いを通じて、校則改正のプロジェクトを学校独自に進めていました。
そのさなか、ルールメイキングシンポジウムに参加して「みんなのルールメイキング」に興味を持ち、2021年度の実証事業校に手を挙げました。
ルールを緩めれば学校が乱れる?
校長としての校則見直しへの不安
―生徒が傘の指定色を変えたいという提案をしてきて「いざ変えよう!」となったとき、他の先生方の反応はどうでしたか?
石橋校長:いろんな意見がありましたね。ルールによって学校の秩序を保っているイメージを持っている先生たちもいます。緩めれば秩序が乱れ、生徒指導が必要になる生徒が出てくるのではないかという懸念の声はありました。
―石橋先生ご自身には、校則を変えるということに対する抵抗はありましたか?
石橋校長:正直、ありました(笑) たとえば、当初は「ツーブロックはさすがにダメなんじゃないか」と思っていました。
そんな時、ツーブロックのルール改正に取り組んでいる熊本農業高校の例を見ました。生徒たちの調査を見て、ツーブロックもデザインで他者に与える印象が違うことや、昔と違って、入試や就職でも選考に大きな影響を与える髪型ではなくなってきていると知ったんです。
われわれ世代の「古い感覚」があったのだなと、だんだん気づいていきましたね。
それから私自身がプロジェクトを通して「社会の動き」や「他の学校の取り組み」にも目を向けるようになりました。自分の古い感覚ではなく、生徒が生きている今の感覚にあわせてルールを見直していく必要があると、考え方が変化していきました。
生徒指導ではない方法で
生徒の変化や成長に目を向ける機会ができた
―ルールメイキングを通して、価値観が変化していったのですね。他の先生方にも何か変化はあったと感じますか?
石橋校長:大きな変化としては、生徒たちの「身なり」だけではないところにも目が届くようになりました。今までは、校則に違反していると、「靴下短いじゃないか」など、言いたくなくても言わなければならなかった。
でも、黒傘のような明らかに見直した方がいい校則、制服の着用ルールなどを見直すことによって、生徒を指導する教員のタスクや負担が減りました。
その分、生徒たちの本質的な変化・成長に目を向け、言葉をかける余裕が生まれて。実は校則を見直したことで、先生たち自身も楽になったのではないかと思います。
―生徒たちにも何か変化などは感じられましたか?
石橋校長:2020年度の改正は生徒会が主体となって進めており、「全校で変えた」感じはありませんでした。生徒議会で議決したとはいえ、多くの生徒たちは遠く感じていたと思います。
カタリバが派遣するコーディネーターを交えてルールメイキングを行った2021年度は、意見箱を置いたりアンケートを実施したりして「自分たちの力で変えた」感じが出てきました。ルールメイキング委員を全校生徒から公募した際も、30名近くが「やりたい!」と手を挙げてくれました。
実際に校則を自分たちの手で変えていった経験が、生徒たちには自信になったようです。「自分たちで変える・変えられる」という雰囲気が醸成されてきている。
それ以降、ルールメイキングだけではなく、行事に対する提案なども「こんなことやりたい!」とどんどん意見を出してくれるようになりました。
なぜ学校の校則は
ここまで細かくなったのか
―地域や、保護者の方とも関わりをもって進めていたと伺いました。
石橋校長:生徒・教員だけではなく、保護者・地域の方も巻き込んだ学校づくりの一環としてルールメイキングを位置づけたいと、ずっと考えていました。
今、本来は家庭や地域で教育されてもよい内容までもが、学校の指導の対象になっていると感じることがあります。たとえば、下校中の寄り道や下着の色は、家庭や地域で、子どもたちと対話して決めてもいいことではないでしょうか。
子どもたちが家庭や地域と関わりながら学んでいく範囲まで、校則が介入しなければならなくなってしまった。そのため校則はどんどん細かいものに変化し、いつの間にか生徒たちを窮屈にさせてしまったのではないかと考えています。
保護者や地域の方にもこうした現状を理解してもらいながら、「じゃあ、地域で子どもたちをどうやって一緒に育てていきましょうか」とともに考えていけるような「地域の学校」にしていきたいのです。
実際に、生徒たちの改正方針に対して、保護者や地域の方からアドバイスをいただく「意見交換会」という機会もつくりました。
―そのお考え、本当に素敵ですね。意見交換会は、どんな様子でしたか?
石橋校長:地域の方々は、ルールメイキングを非常に応援してくださいました。生徒たちの提案の是非というよりも、「子どもたちがこんな風に考えたんだ」「自分たちの手で社会をよりよくしていくということを学んでもらいたい」と、プロセスを大事にしてくださって。
われわれが目指していた学びを、地域の方々にもご理解いただき、ともにつくっていただいた気がします。地域の有志による学校支援ボランティアの方々も、「以前より学校に入りやすくなった」とおっしゃっていました。
保護者の方々も、生徒たちの提案にさらにアイデアを加える形で積極的にご意見をくださいました。来年は「PTAの中でもルールメイキング委員会を作りましょう!」という動きにもなっています。
―このプロジェクトが学校をひらき、「地域の学校」をつくることに繋がっていくんですね。
地域と学校がつながる、
そのための「題材」としてのルールメイキング
-この1年を通して、先生の期待されていた成果は得られたと感じますか?
石橋校長:期待以上でしたね。
ルールメイキングではどうしても、「ブラック校則の改正」に目がいってしまいがちです。しかし、あくまで校則は「題材」であり、どう変えていくかに学びの焦点を当てています。そのプロセスの中で、社会をつくっていくことを生徒たちに学んでほしかった。それが体現できた1年でした。
生徒たちが、身近な社会に対する当事者意識や「自分たちで動かせるんだ!」という自信を持てたことは、ルールが変わったこと以上に価値があったのではないかと思います。
―他の学校などからの反応はいかがでしたか?
「どうやってルールメイキングを進めているのか?」という問い合わせが寄せられたり、なかには「校則を生徒たちにつくらせるのはどうなのか?」という懸念の声もいただきました。
大垣市内には中学校が10校あり、「この学校だけどうして?」という声もあります。教育委員会や、他校の校長先生方にきちんと理解してもらいながら進めていくというのは大切だと感じましたね。
ただ、すべての学校が同じである必要はなく、地域柄に合わせてそれぞれが信念をもって突き進んでいけばよいと思います。
―来年度もルールメイキングの活動は続けていく予定ですか?
石橋校長:来年もやります。来年は、保護者もルールメイキング委員会をつくり、今まで通り生徒たちの委員会、そして地域と、混ざり合って一緒に考えていきたいです。
本校のルールメイキングは「校則を変えること」が目的ではないので、まだ校則の中身として変わったことはわずかです。LGBTQの問題などにも触れながら、これからさらにルールメイキングを進めていきたいですね。
-すこしプロジェクトの話からは離れますが、これからの社会において求められる力、そしてそれをはぐくむ場としての学校の役割について、石橋先生はどのようにお考えですか?
石橋校長:変化の多い予測不能な社会になる中で、重要なのは、知識の詰め込みではありません。
自分で社会を切り開いていく力を育むためには、教員が前に立つ講義だけでは、やっぱりだめです。でも、教員もそういう授業しか受けてきていません。だから、なかなか変わっていかないのが学校の現状ですよね。
これからは従来の教科の学習を「ベース」として、いろいろな教科の学習を総合的に使いながら、社会にある課題を解決していく。そういった学習を取り入れていかなきゃいけないと思います。
―最後に、ルールメイキングに挑戦しようかと考えている先生方に対するメッセージなどがあれば、お願いします。
石橋校長:迷ったらやってみる、ということです。
私も「校則を変えるだけ」なら、この事業に応募しなくてもできると思っていました。しかし、カタリバと協働して多くの人が関わることで、学校に刺激を与えてくれたんです。いろんな人が関わるからこそ、生徒たちも大きく動きました。
このプロジェクトを通して、地域や保護者の方も、学校に関わってくれるようになりました。
ただ校則を変えたこと以上に、学校に大きな変化が生まれたと思います。
【ルールメイキングに興味がある教育関係者の方へ】
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