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『狂人日記』
『狂人日記』
ゴーゴリ著
本書は、一言で言えば、主人公の下級官吏ポプリシチンが、精神病患者の日記という体で、この世の官僚や上流階級の俗悪・虚飾を妄想のように語るという物語。
村田沙耶香ワールドの原点は、もしかして、ここにあるのではないか?と思わされるくらいのはちゃめちゃストーリー。
ポプリシチンには、どういう訳だか、犬同士の会話が聞こえてくる。そして、犬同士の手紙のやりとりが、この世の俗悪・虚飾を記す。上流階級の地球が月の上に乗ることを心配したり、月はハンブルグで作られるとか、奇想天外な言葉の数々は、体制批判とは、思えないレベルにわけがわからない。
ある日(その日付は「2000年4月43日」と記されているのだげど、)、自分こそがスペインの王様「フェルジナンド8世」なのだと思い込み、役所に出勤すると、「フェルジナンド8世」という署名をする。
そんなわけで、ポプリシチンは、精神病院に収容されるのだけど、本人は、自分が君臨すべきスペインに戻ったつもりになっている。その収容先の"スペイン"は、おかしなことになっている。王様であるはずの自分は、何故か、罵倒され、坊主頭にされ、日々、棍棒で叩これたりする。
これが、当時の精神病院の実態だったとも言われているのだけどね。
表面を読めば、精神病患者の不当な扱いを弾弓しようとした物語なのだけど、私は、全ては茶番で、やはり、ゴーゴリのテーマは、権力、腐敗社会への挑戦と個人のアイデンティティの確立ということなのだろうと改めて思った。
「おっ母さん、このあわれな息子を救っておくれ!この痛い頭に、せめて一滴、涙を注いでおくれ」と、ポプリシチンは、母親に助けを懇願して、この物語は終わる。
余談だけど、ゴーゴリ自身、後年、精神病院に入ることになるというのが、なかなか、人生だなあと思ったりした。
小説家の頭の中っていうのは、闇だね。頭の中に別の世界が、出来ているような人でないと、緻密な小説はかけないのだろうなあと感心する。それ故に、精神をおかしくして、自殺してしまう人も少なくないということにも何となくうなづけるような気がした。