昔の話
両親は、私を色んな場所に連れていってくれた。
学校の話は聞かれなきゃしない、しても先生の話ばかりで友達のことは全く話さない、家で勉強をしない。学校に行きたくないと泣いた朝は、さすがに母も困ったようだった。両親はきっと、そんな私の気を晴らすために、色んな場所に連れ出してくれた。
私がSNSに夢中になり始めた頃、スカイツリーに行った。私の頭はいつも悩みごとをつくるのに必死で、何があるでもなく胸のどこかがずっと、ずっと不安だった。
高い高い展望台で、ディズニーランドを見つけて、さっきまで見上げていたビルを見下ろして、私はスマートフォンを出さずに、エレベーターに乗った。
母は、展望台で私に言った。
「ビルたちがこんなに小さく見えるでしょ、世界は広いから、あんたの悩みなんてちっぽけなもんなんだよ。」
と。
私は海が好きだ。
海って、見ているだけで心からすぅっと何かが流されていって、強い潮風が余計なことを吹き飛ばす。なつのひ、海辺の町のコンクリートは太陽が染み込ませた熱で陽炎を揺らした。
小さな駅、ぼろぼろの酒店、ギターを背負って歩くのが夢だった。あのバンドの子みたいに。
夢って案外近いんだ。車で3時間。ビルや森が過ぎ去っていくのを見ていると、あっという間だった。
世界は広いから、あなたの悩みはこんなにもちっぽけなもんなんだって、気づかせようとしてくれた。それに気づけなかった。世界は広いから、私はこんなにもちっぽけなんだと思った。ちっぽけだから、どうでもいい。あの頃私は自分が嫌いで、嫌いで、仕方がなかった。私がここからいなくなるための正当な理由はなんなのか、ただひたすらにそれだけを考えた。
海は大きくて、空は遠く遠くにあって、大地は広く拡がって、この世には色んな景色がある。世界はこんなにも綺麗なのに、なのに私は。
そんなことで頭がいっぱいだった。
両親が私に与えてくれた多くの経験とチャンスに、当時の私は気づかなかった。でもあの景色を覚えてる。
私は両親が好きでは無い。でも、恵まれてることには気づいている。
お父さんのこと、またお父さんって呼べるようになれたらな。
おやすみの声に振り返って、同じように返せたらいいのに。
何度も何度も考えた。それなのに、憎しみが全身を駆け抜けて、私の中から抜け出してくれない。
ハズレくじでごめんね。