ヤキニクデイズ2
前回までのあらすじ
とある浜辺で子供達にイジメられている大型の亀を助けた主人公。
助けた亀から「ねぇ、、、ウチ、来ない?」と誘われて・・・。
ショーシャンクのゲンちゃん
キッチン担当のゲンちゃんは、いわゆるフリーターで、ロックンロールに情熱を注ぐ22歳のバンドマンだった。
メタリカとかブラックサバスとかアイアンメイデンなんかが大好きで、バキバキのメタル信者かと思いきや、長渕を愛聴したりもしていた。
長渕を真似してたのか、頭にバンダナを巻いたスタイルがゲンちゃんのお気に入りで、仕事中も仕事が終わってからも、常にその格好で過ごしていた。
バンダナをずっと着けていて、店長から怒られないのか、一度ゲンちゃんに聞いた事がある。
バイトを始めた当初、やっぱりバンダナを注意されていたそうで、意を決したゲンちゃんは、店長の前で長渕を弾き語りしたという。
すると、その熱唱に店長が感極まって号泣し、それ以来、バンダナが店内で合法になったのだと、ゲンちゃんは語った。
今思い出しても、何回聞いても、まったく意味が分からない、登場人物全員ヤベー奴な話だったけど、真顔でしみじみと語るゲンちゃんを見ると、
「はー、スゴイっすねぇ」
と言うほかなかった。
ゲンちゃんは、ロックかロックじゃないかで物事を測る。
タエさんがしょっちゅう店長に、
「ウチんとこのキムチと漬物、店に置いてよ!絶対美味しいき!流行るよ!店舗拡大できるばい!」
と売り込む姿を見ては
「ロックだねぇ」
と言い、神業的に暗算が早いミカちゃんが、レジを叩く前にお釣りの額を言うところを見ては、
「ロックじゃあねぇな」
と切り捨てる。
ゲンちゃんのロックの基準はイマイチわからなかったけど、人柄としては真面目かつ熱い男という感じで、みんな結構、ゲンちゃんが好きだった。
ある日のこと、ゲンちゃんが1本のカセットテープを僕に見せてきた。
かなりの自信に満ち溢れた表情で、
「おい、コレで世界が変わるぞ」
と言う。
呪いのカセットテープか何かかと思ったが、どうやら自作の曲を録音したデモテープだという。
A面5曲、B面4曲の全9曲。
「今のオレの集大成がこれに詰まっちょう」
とゲンちゃんは言う。
それで世界が変わるんなら、少なくともこの店の雰囲気ぐらいはとっくに変わっててもいいはずだと思ったけど、自信満々のゲンちゃんを見ると、
「はー、スゴイっすねぇ」
と言うしかなかった。
テープを僕に貸してくれるのかと思ったら、あろうことかゲンちゃんは、それを店内BGMとして流すと言う。
「店長に許可とったんすか?」
驚いて僕は聞いた。
店内BGMは、店長の趣味でジャズ系のBGMと決まっていて、油で煤けた店内を、店長はなんとか大人な感じに演出しようとしていた。
ブルーノート的ジャズとゲンちゃんの醸し出す音楽性では、カーネギーホールと田川文化センターぐらいの明らかな差がある。
「店長好みのBGMって言うちょいたけ、大丈夫ちゃ」
ゲンちゃんは軽々しく言うけど、どうにも信用できない。
マズイなぁと思った時には、だいたいマズイ事が起こるのが世の常だ。
徐々にお客さんが増えてくる午後6:30。
事件は起こった。
ホールで注文を聞いてきた僕に、キッチンからゲンちゃんが親指をあげる。
世界を変えるその時が、来たようだ。
BGMが消えて静まる店内。
スピーカーから、何やら声が流れてくる。
「・・ぁん、あぁ・・あん・・あぁん・・」
苦しそうな女性の声。
いや、これはおそらく、アレ系のビデオで聞く声。
「ん・・あぁ、あん、あぁ・・あぁっ!・・」
凍りつく店内。
アンアン、ニャンニャン、大人の空間。
焼き網はさしずめ回転ベッド。
響く喘ぎは、あぁ無情。
「ああっ!!・・あぁ・・あぁっっ!・・」
曲前のSEにしては長すぎる。
なにより、当のゲンちゃんが尋常じゃないくらい慌てていた。
「何!?何なのコレ!!」
店長が、悲鳴に近い声をあげる。
焼肉店の店内に大音量で流れるあえぎ声。
シュールだ。
谷さんがいち早くカセットを止めに行き、素早く音源を入れ替え、いつものジャズが流れ始める。
「なんか機械の調子が悪くって、CDが飛びまくっちゃうんですよねぇ」
声を張って、谷さんが笑う。
さすがの谷さんの機転で、店内はなんとかいつもの状態に戻った。
言うまでもなくゲンちゃんは、この後、店長から激怒された。
「違うんです!世界が変わるはずやったんです!」
「どこの世界変えるつもりよ!?この店潰して、国道沿いの風景でも変えるんね!!!」
店長の怒りはもっともだ。
ゲンちゃんは、ただただ平謝りし、タエさんは
「久しぶりに気分が上がったばい」
とニヤつき、アヤちゃんはトイレ掃除に行った。
幸いなことに、お客さんもまだそこまで入っておらず、時間にしてものの2~3分程度だったので、ゲンちゃんはクビを免れた。
とはいえ、罪悪感からか、何日間かタダ働きをしたという。
ゲンちゃんによると、あの音源は、バンドのライブ用SEとして、そっち系のビデオから録音したもので、ゲンちゃんはデモテープと間違えて、あえぎ声テープを持ってきてしまったという。
世界を変えるどころか、世界の終わりのような顔のゲンちゃんを見ると、
「はー、ヤバいっすねぇ」
としか言えなかった。
ちなみに、世界を変えたかもしれないデモテープは、のちに店長にうやうやしくプレゼントされ、店長は渋々それを、指でつまむように受け取っていた。
ある日の昼下がり。
お客さんがほぼいない時間帯。
一度だけ、テープのA面を流してあげていた店長は、なんだかんだ優しかったなあと思う。
余談だけれど、後年、「ショーシャンクの空に」という映画を見た僕は、劇中で主人公が放送ブースに立てこもり、好きなレコードを刑務所中に響き渡らすシーンを観て、ゲンちゃんを思い出した。
あの時のゲンちゃんは、たしかに、紛れもなくロックだった。
世界を変えたかもしれない曲が、どんな曲だったかは、まったく覚えていない。