わたしの蒐集履歴書 その2
私は東京と大阪で活動している、アンティークレースを研究する研究会『Accademia dei Merletti』を主宰し、「アンティークレース」についての考察や周知を行なっています。
前回の記事は↓こちらをお読みください。
17世紀のレース
ー グロ・ポワン・ド・ヴニーズ
私のコレクションというお題。
その1でお話ししたように私のコレクションはアンティーク・レースなのです。そして、それは18世紀前期のニードルレースを主に蒐集していたのでした。
18世紀前期のボビンレースもとても素晴らしいのですが、それに気づいたのはコレクションをはじめてからしばらく経ってのちのことでした。
私が18世紀前期のニードルレースの次に興味をもったのはグロ・ポワンと呼ばれるヴェネツィアで考案されたニードルレースです。グロ・ポワンとはフランス語で重厚なレースという意味で、《 ヴェネツィアの 》ということを強調してグロ・ポワン・ド・ヴニーズとも呼ばれています。
17世紀の半ばころにヴェネツィアで新たなニードルレース技法が考案されて、それは財政的な懸念からフランス王国などの国家から脅威と見做されました。このニードルレースはそれ以前のレースにはない厚みのある重厚な盛上げレリーフが特徴でした。
当時のヨーロッパで未だ文化後進国であったフランスでは、いち早くその技法を取り入れて各地でその模造が試みられたのです。フランスではこの種のレース全般を指してヴェネツィアのレースを意味するポワン・ド・ヴニーズと呼んでいました。
私がグロ・ポワンを入手できたのはだいぶのちのこととなります。グロ・ポワン自体は1660年代から1680年ごろにかけて大流行したレースなのでヨーロッパ中で模倣されたために今でもよく見かけるレースではあり、それほど珍しいものではありません。
しかし、琴線に触れるといいますか、コレクションに加えたいと思う素敵なレースとの出会いがなかなか訪れず長らく蒐集できなかったレースでもありました。
ー ポワン・ド・ヴニーズ
以前に読んだレースに関する書籍の記述に惑わされて、ポワン・ド・ヴニーズと呼ばれたヴェネツィア様式のレースには同時進行的にモチーフがサイズ違いの4種類のレースが生み出されていたと私は考えておりました。
しかし蒐集を重ねるなかで、海外のさまざまな文献を調査するうちにそれが誤りだと気づきました。
ヴェネツィア様式のニードルレースはその発生から時を経て各国で模倣されるなかで徐々にモチーフが縮小化していきました。サイズの異なるレースが同時進行的に開発されたのではなく、流行にあわせてモチーフのサイズが小さくなり盛上げレリーフの薄いデザインに変化していっていたのでした。
ポワン・ド・ヴニーズは17世紀末期にはモチーフが極小の非常に微細なレース、ポワン・ア・ラ・ローズやロザリーノ、ポワン・ド・ネージュなどのレースへ進化を遂げます。
興味が尽きないのがこのヴェネツィア様式のさまざまなレースです。前世紀から続く緻密なニードルレースの伝統がこのような超絶技巧の作品を生み出し、これはのちに続く18世紀の精緻で繊細なレースの揺籃となりました。
オペーク
ー 希少価値の高いレース
17世紀のレースで私が思い入れがあるのがオペークと呼ばれるレースです。オペークは17世紀中期から1660年代にかけてアントウェルペンを中心に生産されたレースで、主にボビンレースで製作されていました。
その特徴は微細な花のモチーフをびっしりと埋め尽くしたデザインで、モチーフの輪郭線が遠目にはぼやけて不明瞭であるので《 オペーク 》( 曖昧な、朦朧としたという意味 )と呼ばれています。
元来は当時のネーデルラントで好まれたチューリップやカーネーション、聖母マリアを象徴する牡丹などの花を象ったものが、徐々に抽象化されていき元の花のイメージから飛躍して曖昧なモチーフへと変化していきました。
オペークは流行していた時期や地域も限定的であったために現存するレースは少なく、希少なレースのひとつとされています。
かなり昔の話しなのですが私はこのオペークタイプのレースをイギリスのオークションで見かけ入札したのですが、かなり高額となってしまい競り負けたことがありました。それ以来ずっと探し続けていたレースでもありコレクションに加えることができた際にはとても嬉しく、今でも大切にしているレースなのです。
オペークのレースには更に珍しいニードルレースのタイプもあります。このレースは通称ダッチ・ニードルレースと呼ばれています。ダッチ・ニードルレースについては私が過去に書いた下の記事をお読みいただけると嬉しいです。
こうしてグロ・ポワンをはじめとする一連のポワン・ド・ヴニーズというレース蒐集の本丸というべき作品群と、マニアックなオペークは私のコレクションのなかの17世紀を象徴するレースとなりました。
最初期のレースの誕生からおよそ150年、レースは多様性と驚くべき技術革新を経て美の結晶のような工芸へと進化していったのです。
その3へつづく