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今すぐソファが欲しい
だいぶ一人暮らしにも慣れてきた。
1カ月ほど前は帰宅後どうにも落ち着かず、やきもきしながら過ごすことが多かったが、今やパキっとしたブルーのソファで加熱式タバコをふかすぐらいにはくつろいでいる。
そういえばこのブルーのソファはイケアで買った。
家具を買いそろえるときに、どうしてもソファだけは妥協したくなかったため、財布と相談しながら慎重に選んだ。原色の青で、おもちゃみたいなデザインのソファなのだが、オンラインサイトで一目見て気に入った。通販で買ってもよかったのだが、イケアにも一度行ってみたかったので、私はソファを買いに行くために遠征することを決めた。どうやらイケアは関西に2店舗あるらしく、大阪と兵庫に1つずつある。どちらも車で2時間ぐらいの距離だ。イケアのホームページで目当てのソファを眺めながら、どちらに行くかを考えていると、「店舗在庫」という文字が目に入った。
危ない危ない。店舗在庫を確認せずに遠征して、ソファが買えなくては取り越し苦労も甚だしい。そう思いながら、大阪と兵庫の在庫を確認したところ、愕然とした。どちらの店舗にも目当てのソファがない。
―――目の前が銀色になってしまった。
私は欲しいと思ったものは、即座に手元に置いておきたい性分である。ネットでものを購入し、2~3日配送まで待っている時間がしゃらくさくて嫌いだ。欲しいと思ったら店舗に赴き、すぐに家に持ち帰らないと気が済まない。それはソファであっても例外ではない。大阪か兵庫のイケアに車で行き、ソファを積み込んで帰る気マンマンだった私は、在庫切れという事実を突きつけられて、視界が見たこともない色に変わってしまっていた。
かといって、ソファが今すぐ欲しいという気持ちは全く色褪せていなかった。むしろ何としてでも購入したいという気持ちに拍車がかかる。
関西からもう少し足を延ばしてみてもいい。どうやらイケアは名古屋にもあるらしい。そうして私は名古屋に遠征することに決めた。
名古屋へは車で3~4時間ぐらいかかる。おまけに高速料金が馬鹿みたいに高い。ちゃんと勘定するのが怖かったため大体でしかわからないが、1万円近くは払った気がする。しかし、そんなことは当時の私にとって痛くも痒くもなかった。ソファさえ買えればすべてのことは万事解決なのである。
イケアに着いた。3時間高速道路で同じ景色を見ていたこともあり、あの青と黄色が基調の看板が目に痛い。しかしその刺激は、私を心地よく高揚させた。ついにソファが買えるのだ。
店内に入り、一目散にソファのもとに向かおうとする。しかしイケアは広すぎて、探しているソファがどの棚にあるのか全く分からない。女性の店員がいたので、欲しいソファの画像を見せ、どこにあるのか尋ねた。するとその店員は「あ、店舗在庫の欄に棚番も書いてあるんで~」と半笑いで言ってきた。
じゃあお前は何のためにいるんだよ。確かに棚番を見落としていたことは私の落ち度だが、別に案内してくれたって良くないか。多少腹は立ったものの、今はそんなことに時間を使っている場合ではない。何よりもソファが優先事項だ。
指定の棚の前に辿り着き、分解して梱包してあるソファを見つけた。そこで私は思った。「デカくねぇか...?」
パっと見て、体感では自販機ぐらいの大きさがあった。これが実家のプリウスに入りきるのだろうか。一抹の不安がよぎるが、儘よと思いソファを購入した(イケアには30分も滞在しなかったと思う)
なんせ自販機ぐらいの大きさがあるため、車まで運ぶのも一苦労である。汗をにじませながら、ようやく車の前までソファを運ぶことが出来た。ここからが本番である。3時間もかけて名古屋まで赴き、ソファが積み込めず、結局配送、という結末だけは避けたかった。私は後部座席を倒しながらドキドキしていた。そしてソファを懸命に持ち上げ、車に積み込む。重い。まだ中身を見ていないため、本当に自販機が入っている可能性がある。何とか滑らせる形で車に積み込み、トランクのドアを閉める。
「ゴッ」という鈍い音を立てて、トランクは半開きになった。閉まらないのである。
―――再び目の前が銀色になった。
あと数センチ奥に押し込めればギリギリ閉まりそうだが、その数センチがどうやっても収まらない。しばらくその場に立ち尽くし、ぼーっとしてしまった。こういう時、逆にぼーっとしてしまう。本来であれば、色々な方法を考えるべきだが、それができないほどにショックを受けてしまっているということだ。結局配送なのかよ、と半ば諦めていたが、まだ試していない方法が1つだけあった。
運転席と助手席を動かしていない。「限界まで席を前にずらせば入るんじゃないか?!」そう思うよりも先に私は座席を動かしていた。もうこれ以上無理、という位置まで座席を前に動かした。すると数センチの隙間ができ、見事ソファが収まったのである。歓喜。これまで私が成し遂げてきたことの中で1番と言っても過言ではない。勝ち誇ったように私はトランクを閉めた。
復路の3時間は体を小さく折りたたんで、車を運転した。かなり身体がバキバキになったが、帰ってソファに座ったらすべてが解消されるような気がしていた。やはり欲しいものは、欲しいと思ったタイミングで手に入れるのが一番いい。帰宅後の部屋の光景を頭に浮かべ、ニヤニヤしながら高速道路を飛ばした。
帰宅後、ソファの組立てが3時間以上かかることを、この時の私はまだ知らなかった。
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