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「キッチン」にみる吉本ばななの言葉についての評価と翻訳の可能性の考察

序論

 吉本ばななは『キッチン』(福部文庫,1991)でデビュー、第6回海燕新人文学賞を受賞した。その売上は二百万部を突破し、世界三十カ国以上で翻訳されている。福武文庫に同時収録されている『ムーンライト・シャドウ』は2021年に人気俳優らで映画化され話題を呼んだことなどからも、現代でも吉本ばなな作品の根強い人気が伺える。

 私も他の大勢の読者のように、デビュー作『キッチン』で初めて吉本ばななの言葉に触れた。そこで洗練された言葉づかいに圧倒され感動を覚えた。小説の読後感を二種類に分類すると、その内容が印象に残っているものと表現や言葉の息づかいが心に残っているものに分けられるとしたとき、吉本ばななの『キッチン』は明らかに後者であった。

 私は大学で英文学について学び、文学文化を専攻した。そこで日本の文学が外国、特に英語圏にどのように受容されているか、日本語が外国にどのように翻訳され解釈されているかに興味を持った。日常会話でのコミュニケーションといった簡単な日本語ならまだしも、小説などの文学、前後の脈絡や関係を把握しないときちんと内容を理解できないものならどうか。そこで、世界各国で翻訳がなされているという吉本ばななの『キッチン』に注目した。

 吉本ばななの小説には「クセ」がある。ここでいう「クセ」とはとっつきづらいものであるということではなく、他の小説作品ではあまり類を見ない特徴、既存の文学の型を打ち破ったある手法が用いられているということである。このことについては後に詳しく記述するが、そういった日本語独自の発展を遂げた言語を外国語ならどう翻訳するのだろうかと興味関心を持った。

 ここでは、ベネッセコーポレーションにより発行されたMegan Backus訳のKitchen(ベネッセコーポレーション,1993)を例にとり、第一章においては吉本の「言葉」についての分析、第二章では吉本の表現について一つひとつ紐解き、三章では英訳版との比較を通してその違いなどを読み解く。四章では翻訳そのものとの親和性を論じていく中で、全体を通して吉本の言葉がどのように評価されているのか、またそこに見る翻訳の可能性について考察し論じていく。

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