71tlv3JaILL_のコピー

前近代に逆戻りするのか!?〜『「憲法改正」の真実』

◆樋口陽一、小林節著『「憲法改正」の真実』
出版社:集英社
発売時期:2016年3月

今や立憲主義擁護の看板学者となった感のある樋口陽一と小林節の対談集です。2015年9月に行なわれた安保法案の強行採決に象徴される「壊憲」の動きに真っ向から異議を唱え、さらには自民党改憲草案を批判的に読み解くという趣旨で議論が展開されています。

自民党の改憲案については「明治憲法への回帰」と評する声がよく聞かれますが、樋口に言わせれば、明治どころではありません。「この草案をもって明治憲法に戻るという評価は、甘すぎる評価だと思うのです。明治の時代よりも、もっと『いにしえ』の日本に向かっている」。

樋口がそのように言うのは明治時代の政治家たちの憲法意識に一定の評価を与えているからです。彼らは今の与党政治家よりも立憲主義の本旨を理解していました。その例として引用する伊藤博文と森有礼の対話はなるほど示唆的です。伊藤は「そもそも憲法とは君権を制限し、臣民の権利の保護することにある」と語ったといわれますが、それに対して森有礼は「臣民の人権は生まれながらにして保障されるのであり、わざわざ憲法に書くには及ばない」とさらに一歩進んだ考えを持っていたのでした。自民党改憲案では、基本的人権の保障について「個人」という語句を「人」に言い換えて、より強い制限を設けようとしているのとは対照的です。

自民党改憲草案は「国と郷土」「和」「家族」「美しい国土と自然環境」「良き伝統」などなど情緒的な語句を並べつつ、一方ではそれを破壊せずにはおかない新自由主義的な「活力ある経済活動」をうたいあげています。ふつうに読めば日本をどのような国家社会にしたいのか、明確には見えてきません。矛盾だらけです。改憲案は、新自由主義と復古主義を権威主義がつなぐ「キメラのように不気味」なものだと小林はいいます。

国家緊急権の明記に対してももちろん批判的です。ナチスドイツの例を参照しながら警鐘を発する型どおりの議論ではありますが、小林は最近まで必ずしも反対の立場でなかったことを吐露しているのは興味深い。

小林はかつて自民党ブレーン的存在として活動していたこともあり、九条改正論者であることは周知の事実、本書ではその点についてははっきりと樋口と意見を異にしています。しかしそれにしても現政権での改正には小林も反対していることは重要でしょう。樋口は小林の意見を受けて、九条改正を主張するなら徴兵制を正面から議論すべきだと提起します。

戦争が好きな者だけで軍隊をつくれば、国民的な常識から乖離した集団になってしまいます。かつての関東軍のように、中国要人を爆殺せよなどという動きが出てきたとき「いや、ちょっと待て、全国民を巻きこむ戦争をしていいのか」と思わずにいられない人たちが組織のなかにいなければなりません。(p179〜180)
つまるところ、国民が国民投票によって、国防軍をつくることを是とするならば、それはあなた自身、主権者として、ある種の分担をすることを覚悟してくださいね、という話ですね。今の自衛隊の名前が変わるだけで、勝手にしてくれ、自分には関係ない、というわけにはいきませんよと。(p181)

もちろん物足りない点もあります。集団的自衛権の行使容認が解釈改憲だとしても、自衛隊創設も明らかに解釈改憲のうえでなされたものであろうし、内閣法制局の憲法解釈もまた時代とともに変化してきた、すでに何段階かの解釈改憲を許しておきながら今回だけ騒ぐのは欺瞞的・政治的ではないか。──苅部直や井上達夫らのこうした批判に二人の対論は充分に応えているようには思えません。長谷部恭男らの反論はすでに出ているものの、ここは二人の対応も聞きたかったところです。

いいなと思ったら応援しよう!