見出し画像

いくつものハードルを可視化する〜『なぜ日本は原発を止められないのか?』

◆青木美希著『なぜ日本は原発を止められないのか?』
出版社:文藝春秋
発売時期:2023年11月

なぜ日本は原発を止められないのか? この問いに答えようとした書物はもちろんこれまでも少なからず書かれてきました。本書が何か目新しい事実を発掘したというわけでもないと思いますが、本書に価値があるとすれば、歴史をさかのぼって関係者の生の声を幅広くひろいあげ、政官業報から成る原子力ムラのありさまをわかりやすく示した点にあるでしょうか。

福島原発事故の被災者や東電の社員のほか、鈴木達治郎(事故当時の内閣府原子力委員会委員長代理)、笠井篤(日本原子力研究所元研究員)、佐野博敏(元東京都立大学総長、広島での被爆体験者)、古賀茂明(元通産官僚)、ミランダ・シュラーズ(脱原発の流れを作った元ドイツ政府倫理委員会委員)、枝野幸男(元官房長官)、中川秀直(原発を推進してきた元閣僚)、小泉純一郎(元首相、原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟顧問)……などなど取材対象者は多彩です。

その証言全体をとおして、日本が原発を止められない理由や背景が多面的に浮上してくるという寸法です。

脱原発の動きに対する圧力は原子力ムラをはじめ各所から生じましたが、とりわけ米国からの圧力については不勉強の私が充分に把握していなかった点です。本書では新聞記事を引用しつつ、いくつかその理由を挙げています。

まず事実経過を確認しておきましょう。
福島原発事故後に民主党政権は原発ゼロを盛り込んだ政府の新戦略を公表します。しかし米国政府との調整を経て原発ゼロの閣議決定を断念しました。その背景に何があったのでしょうか。

「脱原発を目指すなら、核燃料サイクルから撤退することだ」と米側は迫ったことが一つ。さらに「米国の原子力産業はほとんどが日米合弁となっている」ので、日本側が脱原発に舵を切れば「米国の技術も衰退する懸念」が表明されたこと。さらに「米国は日本に原子力の維持・開発を肩代わりさせるという意図」があったことをエネルギー庁長官経験者のコメントとして引用しています。

当時官房長官を務めていた枝野幸男への直接取材でその間の経過を確認していますが、日本の脱原発に懸念を示したのは「アメリカのごく一部」で「アメリカ全体の強い意向ということではない」との認識を引き出しているのも貴重でしょう。

その後、自民党政権が復活すると、脱原発の機運は後退し、あっけなく原発維持・推進の方針に戻ってしまいました。
「元に戻る方が既存のスキームを使うだけで楽だから」「既得権益を維持できるから」「脱原発しようとすると難題が表面化する」などなどの理由からです。いつか再処理するつもりだった使用済み核燃料の処分をどうするかという問題は枝野も力説していて、これからも脱原発政策をとるうえで難題の一つであり続けると思われます。

また著者は本書の刊行に際して、所属していた新聞社との調整が困難を極めたことも末尾に記しています。脱原発の抵抗勢力として大手マスコミの存在も無視できないことが本書の出版の経過をとおして再認識させられたというところでしょうか。

いいなと思ったら応援しよう!