小さいことにクヨクヨすることから自己表現は始まる!?〜『コンプレックス文化論』
◆武田砂鉄著『コンプレックス文化論』
出版社:文藝春秋
発売時期:2017年7月
コンプレックスについて語る。といっても本当に切実そうなものからネタ的なものまで種々雑多。リストアップされているのは〈天然パーマ〉〈下戸〉〈解雇〉〈一重〉〈親が金持ち〉〈セーラー服〉〈遅刻〉〈実家暮らし〉〈背が低い〉〈ハゲ〉の10項目です。
それぞれの項目について、該当者へのインタビューを真ん中にはさんで、関連するテクストを読み込み文化全般に目配りのきいた武田の批評的なエッセイを前後に配する、という趣向。
本書を読んであるある的な実感を得て安心するというような人がどれだけいるのかわかりませんが、かといって語られている内容に対して生真面目に反論したり違和感を表明したりするような本でもないでしょう。勉強家武田のクネクネした文章芸を楽しめばよろしいのではないか。
もっとも身体や生育環境に起因するコンプレックスがなにがしかの表現活動を産出する原動力になるというテーゼは、それじたいが一つの紋切型ではあります。そういう意味では、〈解雇〉とか〈遅刻〉など、通常なら「コンプレックス」の範疇に入ることのない異なった次元にあるものをテーマに採った場合に、武田の批評精神がいっそう活きているように感じられました。
たとえば〈解雇〉の場合、ロックバンド史における解雇の事例を概観したうえで、所属事務所から契約解消され「ハイパー・メディア・フリーター」として活動している黒田勇樹へのインタビューを敢行したのち、シモーヌ・ヴェイユなんかを引用して「切実な表現は残酷な解雇から生まれる」と結論する展開は武田ならではのもの。
これが〈遅刻〉話になると、スケジュールどおり仕事が進まないことで知られる宮崎駿の例をもちだし、中谷宇吉郎の随筆を引いて時間厳守することの精神的疲弊を指摘した後に、遅刻の常習犯・安齋肇との対論に進みます。主張の中味よりも道具立ての面白さで読ませるといったおもむきです。
つけ加えれば〈親が金持ち〉コンプレックス論などは、貧乏人の私にはほとんどシュールレアリスムの世界をのぞいたような異様な読後感をもたらしてくれました。
デビュー作の『紋切型社会』の切れ味には及ばないと思いますが、各界のコンプレックス文化人の語りと武田節がほどよくハーモニーを奏でた奇妙で興味深い本といっておきましょう。