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アーモンド・スウィート

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2022年9月の記事一覧

肝試し そのあと

肝試し そのあと

 一週間が経ち山田豊臣と柳瀬幸輔が学校に帰ってきた。正確にいえば、あのビルでの肝試しの夜から一週間ぶりに二人は登校してきた。
 幸輔は元気だった。豊臣は少し疲れていてまだ体力が戻っていない感じだ。さっそく義隆を中心に益男と秀嗣は豊臣と幸輔を囲み、あの夜に豊臣と幸輔に何があったのかを聞いた。
 まず豊臣の話しでは、神隠しにあった気分らしい。義隆、秀嗣、益男、凱了と別れて各々の目の前の部屋に入った。そ

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アーモンド・スウィート 夢は 働きたくない、寝ていたい

アーモンド・スウィート 夢は 働きたくない、寝ていたい

 塩沢勝雄の父親は工事用10㌧トラックの運転手をしている。朝早く自宅前のガレージに停めた125ccのカブに載って、江東区塩浜にある会社に向かう。毎日通勤に三・四十分かかる。暗いうちから家を出て、大変な仕事だと思う。勝雄もトイレに起きたとき、父がまだ居るときは「いってらっしゃい」と目をこすりながら言う。父は自分で拵えた弁当を持ってゆく。大概は大きなおにぎり二個と自然解凍の冷凍唐揚げ、業○用スーパーか

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アーモンド・スウィート 鐘岡凱了 釣が好きではなかった。

アーモンド・スウィート 鐘岡凱了 釣が好きではなかった。

 鐘岡凱了の家は、平成初めまで和竿を作っていた。凱了の父の代から竿は作らなくなったが、祖父が作った和竿はまだまだ沢山残っている。その他にも名のある竿師の手の物も置いてあった。
 実のところ凱了の父は釣り具屋を営んでいながら、釣り具を売るのに熱心ではない。現在は店の売り場の半分を水鉄砲や浮き輪などプールなどで遊ぶおもちゃ、川遊び用の仕掛け、すくい網(これなどは釣り具の延長線ある道具といえなくもない)

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アーモンド・スウィート 肝試し③

アーモンド・スウィート 肝試し③

 六人で階段を上がって、二階は診療所の受付だった。胸の高さくらいカウンターで、受付事務所と患者が分けられていた跡だけが残っている。沢山の書類が入っていただろう棚類は全部取り払われていて今は無い。受け付け事務所の机もイスも電話もない。患者が待つソファーもない。
「本当に何もないな」豊臣がカウンターをトントンと叩きながら言った。
「奥に処置室と天井から札が下がった部屋があったが、何も残ってないんだ。点

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アーモンド・スウィート 肝試し②

アーモンド・スウィート 肝試し②

  ビルの裏側も衝立で塞がられていた。子供一人入る隙間もなかった。
「ガッツリ囲まれてるじゃん」秀嗣は言った。表向きは苛立ってるフリをして、内心は「肝試し」がこれでダメになったと喜んだ。
「こっちから回るんだよ」と義隆が、隣のビルとの間に大人が横向きで進んで入っていけるほど隙間を指した。
「元々ここには三十、四十センチの幅の鉄の扉が付いてたんだ。隙間に人が入らないように。扉があった時には折りたたみ

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アーモンド・スウィート 肝試し①

アーモンド・スウィート 肝試し①

 夏休み明けの新学期、クラスの男子数名で集まって肝試しすることになった。言い出しっぺは村松義隆で、柳瀬幸輔も、山田豊臣も、亀田益男も、三組の鐘岡凱了も遣りたいと手を上げた。(鐘岡)凱了が、「ペアを組んだ方が、怖さが少しは軽くなるんじゃないか」と云うことで、一組からもう一人、秀嗣が誘われた。秀嗣は、実は怖がりだったので肝試しになんか参加したくなかった。
「遣ったら良いじゃん」と側で聞いていた彩葉が云

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アーモンド・スウィート 稲垣邦孝と一緒に歩く

アーモンド・スウィート 稲垣邦孝と一緒に歩く

 秀嗣は常々疑問に思っていた。なぜ邦孝は目的地もなく歩くのか?
 自分も、なぜ邦孝と一緒に目的地も分からず歩いているのか?
「邦孝ぁ。お前は、何所に行きたいんだ?」
 邦孝は無口である。彼が教室で誰かとおしゃべりをしていたところを見たことがない。たぶん男子にも友達はいない。女子にも居ない。学校で、授業意外の彼の姿を注意深く観察している訳ではないが。授業と授業の間の休み時間に彼は誰ともしゃべらず、ふ

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アーモンド・スウィート 彩葉 テツ

アーモンド・スウィート 彩葉 テツ

 彩葉はテツという名の猫を飼っている。テツは白い猫で、元は野良猫だった。テツは中島家に来る前は、鎌ケ谷の市営団地敷地内の空き地に住み着いた親の子どもだったらしい。それをボランティアさんが保護して、巡り巡って船橋駅前で里親探しをしているところ、彩葉の母が足を止め、テツを一目見て気に入り貰ってきた。
 彩葉は最初、「野良猫なんて!」という感じで、そばに寄って来られるのも嫌だった。何か不潔な感じがした。

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アーモンド・スウィート 猫 助ける

アーモンド・スウィート 猫 助ける

 月姫は朝から気分がすぐれなかった。仔猫のことが心配でしかたがなかったから。きっとばあちゃんが言う春原さんは居ない。ばあちゃんは、月姫に嘘をついてどこかに捨てて来たんだと思う。春原さんなんて、いままでばあちゃんから聞いたことがない。だいたい猫や動物を飼っている人の話をばあちゃん、じいちゃんから聞いたことがない。父と母も含め、テレビで動物が出てくる物を見ないと決めたみたいに動物の番組は見ないし、動物

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