マスタード牛タン

彼女と牛タンを食べに行った。東京の焼肉屋で、あの薄切りの牛タンが焼ける音を聞きながら、食事が始まる。僕たちは何度もこの店に来たことがあるけれど、牛タンにマスタードがついてくることには気づいていなかった。

マスタードというと、僕はマクドナルドやホットドッグを思い浮かべてしまう。どうしてもファーストフードのイメージが強く、それ以上のものではないとどこかで思い込んでいた。でも、ここでその思い込みが覆されることになる。

まず牛タンが目の前に並んだ時、彼女が「これ、試してみて」と言いながらマスタードを少し取り、牛タンに塗って僕に渡してくれた。正直、少し戸惑った。牛タンは塩で食べるのが一番だと思っていたし、そこにマスタードというのは少し異端な感じがしたからだ。でも、彼女がそう言うなら試してみようと思い、口に運んだ。

その瞬間、僕の中の何かが変わった。牛タンの肉汁が溢れ出し、そこにマスタードのスパイシーさが絡み合って、味のハーモニーが広がった。マスタードがただの脇役だと思っていたのが、実はその役割以上のものを持っていたことに気づいたんだ。

「美味しいね」と僕が言うと、彼女は満足そうに笑った。彼女はこの味を知っていて、僕にそれを体験させたかったのだろう。僕が持っていたマスタードに対する固定観念を破壊するための、一種の仕掛けだったのかもしれない。

その後、何度か同じ店に足を運ぶたびに、僕は自然とマスタードに手を伸ばすようになった。そして気づいた。マスタードはただの「マクドナルドの調味料」ではなく、その場所や食材によって全く異なる表情を見せるものだった。

あの日、彼女が僕に「これ、試してみて」と言った瞬間、それはただの食事の一部ではなく、僕にとっては新しい味覚の扉を開く鍵だったのだと今になって思う。食事にはまだまだ発見がある、そう実感するきっかけになった出来事だった。

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