生きること、学ぶこと
精神医療をどう支援するか?
岸田脩平さんと話をする。私のリハビリをしてくれる理学療法士である。とても勉強熱心で患者の気持ちに寄り添ってリハビリをしてくれる。会話はリハビリである。
松本卓也の精神医療の現状(「精神医療とその周辺から「自治」を考える」)から引用する。1968年以降に世界同時に起きた社会運動をきっかけに精神医療でも異議を唱える運動「反精神医学」が展開される。精神医療は抑圧的現場であった。日本は精神病床が一番多い国で、2020年の調べで27万人の入院患者の8%が拘束管理されている。
イタリアでは、1978年フランコ・バザーリアの提唱から精神病院が廃絶される。その後、フランスのラ・ボルト病院を作ったジャン・ウリ医師は、イタリアの精神病院の廃絶は、社会的疎外を無くしても、精神病的疎外は無くならないと批判する。ガタリもここで活動した。ここでは、患者が新人の医師や看護師スタッフのオリエンテーションをする。暴飲がヒエラルキー的にならないためである。
この精神を継いだ北海道の、「べてるの家」では、SST(生活技能訓練)リハビリを患者指導管理の手法としてではなく、抑圧的なならないような工夫をして実践した。
日本の「ポスト反精神医学」の世代に、木村敏と中井久夫がいる。木村は精神科医の倫理の問題を追究する。中井は医局講座制を批判するが否定はしない。医師の立場も理解する。
岸田脩平は次のように語る。
中井久夫の考えで大切なのは、精神医療は、社会や文化を映した鏡であると指摘したことである。精神病は文化の延長である。日本の文化の環境が日本の精神病を生む。例えば、農耕民族は鬱を生みやすいし、狩猟民族は感受性の鋭い発達障害が生まれやすいと言われる。つまり社会が精神病を作り出す。
医学的な進歩にだけ任せていては、統合失調症、発達障害という名前を作り出す社会は変わらない。病名をつけることの問題は、医学が進み細かく診断して、人間を枠に入れて、見るようになる。市場競争のなかで医療と製薬会社の連携で薬が多用されるという問題もある。経済格差問題で見捨てられる患者が増えてくる。
現在の精神疾患の人々を支援する体制は極めて弱い。「べてるの家」では当事者研究という自分だけで決めない、当事者ですら当事者であることを考える活動を続けている。このようなローカルな取り組みを増やしていくことは大切である。精神医療に関わる人たちは、強い意思を持って働いている。患者との会話でも常にポジティブな気持ちを引きだすことを心がけている。
岸田の言葉である。
「何かができないのではなく、何かができることを考えるのが人間ではないだろうか」