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ron.204
2024年9月15日 23:39
旅館の朝ごはんが好きだ。普段の朝ごはんの概念を遥かに超える品数がずらりと並ぶ、贅沢な朝ごはん。とても食べきれないのではないかと一瞬怯んでしまうけれど、薄味で計算されたバランスの食事は、不思議とスルスルと身体に吸い込まれていき、心地良い満足感に満たされるのだ。なめこのおみそ汁と、大きなだし巻き玉子をお膳に見つけて、それだけで今日の朝ごはんは大正解だな、と心が踊った。ごはんの硬さはかた
2024年9月7日 11:35
夜、私たちは眠った。きちんと手入れされた、清潔で温かな布団に身を包まれたら、ふたりともすぐに眠りに落ちてしまった。充実した旅の疲れが身体をまとっていて、いつもよりも重力を強く感じたほどだ。どのくらい眠っただろう。空気が震えるほどの地響きを感じて、私は目を覚ました。キョロキョロと左右を確認すると、それは夫のいびきだった。夫は、息を大きく吸い込むと、身体中を震わせながら大きな大き
2024年8月1日 22:52
私が大浴場から戻ると、ちょうどよい時間だったので、夕食会場に向かうことにした。夕食会場は半個室の和室で、ゆったりとくつろげる空間だった。和食の懐石料理に舌鼓を打つ。見た目にも美しく、薄味だけれどお出汁をしっかり感じられる繊細なお料理で、心と身体が満ち足りていくのを感じた。温泉に入ってさっぱりした身体で食べるお料理は、なんて美味しいのだろう。私と夫は、交互に美味しいと言い合ったり
2024年7月25日 00:30
旅館に戻ると、ご飯の時間まで余裕があったので、大浴場に行くことにした。私は温泉がとても好きだ。洗い場で、普段ないがしろにしがちな自分の身体をいつもより丁寧に洗う時間も好きだし、馬油やポーラといった、温泉でしか出会わないシャンプーで髪を洗うのも好きだ。なにより、温泉独特の柔らかいお湯を全身で感じる瞬間や、広いお風呂に手足をうんと伸ばす心地よさがたまらない。温泉からの眺めが良かったなら
2024年7月21日 00:17
レストランを出るとき、シェフのご夫婦が外までお見送りをしてくれた。改めて美味しかったと告げると、シェフは、東京で修行をした後、この大自然の中でレストランを開いたというエピソードを教えてくれた。東京で出会ったという奥様に、環境の変化に不安はなかったのかと聞くと、「主人は言い出したら聞きませんから」奥様は困ったように、けれど少し誇らしげに答えてくれた。夫婦というのは運命共同体なのだ
2024年7月9日 04:50
何を着て行こう。クローゼットを開けて、ふむ、と悩む。これまでファッションに関心を寄せてこなかった私にとって、デートでの服装は毎回私を悩ませた。「どうして暗い色の服ばかり着るの?」明るい色の服を着て欲しいと指摘した夫の拗ねたような表情を思い出す。黒、グレー、ネイビー。これが私のワードローブで、肩が凝らないことと、仕事でも週末でも使いまわせる無難なデザインであることが条件だった。
2024年3月4日 23:10
今となっては、なかなかすごい時期だったな、と思うのだけど、その頃は都道府県を超えて移動することは控えた方がいい、というマナーが存在した。不要不急の外出、とか、自粛、とか、そんな言葉が世間を席巻していた。「というわけで、こちらの両親への挨拶はしばらく控えて欲しいそうなんだ」水族館の帰り、夫は申し訳なさそうに私にそう言った。夫の実家は遠方で、私も気にかけていた。「そっか。それは仕方
2024年2月11日 00:43
恋人ができたら何がしたい?そんな憧れは、誰にでもひとつふたつあると思う。私にとって、そのひとつが水族館だった。素敵な彼と、水族館に行く。あまりにもベタなデートで、少女漫画の主人公は大抵デートで水族館に行く。けれど、集客力のあるコンテンツが何もない田舎で生まれ育った私の日常に、水族館はなかった。だからこそ、憧れていた。キラキラ光が反射する水を見上げて、のびのび泳ぐ魚を見る。
2024年2月1日 12:54
1時間に1本、多くても2本しか電車が停まらない駅の閑散とした改札を通って、夫は現れた。田舎に似つかないしゃれたジャケットを羽織り、ヨックモックの紙袋を下げている。緊張したようすもなく、朗らかに片手を挙げて、私に到着を知らせた。「電車で来たのは初めてだけど、なかなか味のある駅だね、君の地元は」「変なところはないかな?とはいえ、着替えは持ってきていないけど」夫は自身の身なりを確認し
2024年1月10日 08:06
庭のバラが見頃だった。母は満足そうに見つめた。「どうしてバラを育てようと思ったの?もともとバラが好きだったの?」私はこれまで不思議に思っていたことを聞いた。我が家の庭は、それはそれは古めかしい和風の庭で、松や紅葉が主役だった。その庭の真ん中に、たくさんの鉢植えでバラが丁寧に育てられている。和風な庭にバラが調和しているとは、なかなか言い難かった。「好きじゃなかったわ。バラなん
2024年1月5日 13:03
この日は特別な日だった。とはいえ、この頃は特別な日だらけの週末を送っていたので、特別であることがある意味日常だったのだけれど。そんな日々のなかでも、夫がはじめて家に招待してくれたこの日は、私にとってとても嬉しい日だった。これまで踏み込んでいなかった部分の夫の一面を知ることが出来ると思うと、やっぱり嬉しかった。*夫の暮らす街には、大きな公園があった。せっかくなので、手を繋いで公園
2023年12月4日 08:05
忘れられないお誕生日会の後、夫は私を家まで送ってくれた。私の家は、高速道路を飛ばしても2時間かかる場所にあった。「いつも、こんなに遠いところから会いにきてくれてたの?」夫は驚いていた。洗練されたビルからどんどん離れ、田園風景をずんずん進んだ。「この街で出会った人々の中で、君だけは流れる時間が違う気がしていたんだ」夫はからかうように笑った。「なに、田舎者っていいたいの」
2023年11月30日 08:10
白い大きなお皿に、一口サイズのサンドイッチ、パイ、タルトが乗っていた。どれも繊細で、食べてしまうのがもったいないくらいだった。アフタヌーンティーのはずなのに、まず始めに白い大皿がサーブされたことに少し驚いた。少し戸惑いながらも、サンドイッチに手を伸ばす。そんな少しの驚きを楽しむように、直後に立派な3段のいかにもアフタヌーンティーというセットが運ばれてきた。一口サイズのケーキが4種類
2023年11月20日 08:09
「今日はどこで結婚式なの?」行きつけの美容師さんが聞いた。友人の結婚式のたびに予約していたら、ヘアセットイコール結婚式だと覚えてくれたみたいだ。私は少しはにかんで、「今日は違うんです。今日は私がプロポーズしてもらう日なんです」美容師さんは、目を丸くして驚いた表情をして、「彼、彼女にそんな重要なネタバラシしちゃってて大丈夫なの?」とケラケラ笑った。「じゃあ、とびきり綺麗にしな