ron.204

ささやかな日常のスケッチ。

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  • わたしたちの結婚

  • 庶民な私の、買ってよかったもの

    少しの資源で生きていく庶民な私の買ってよかったもの備忘録。

最近の記事

わたしたちの結婚#38/高原の朝、初めて見えた夫の素顔

夫の故郷に着いて、一番に連れて行ってくれたのは、爽やかな高原だった。 夏にもかかわらず、車から降りると少し冷んやりとした空気が私を包んだ。 「少し歩くけど大丈夫?」 「うん、大丈夫」 私たちは、きれいに整備された木の階段を登った。 傾斜のゆるやかな階段は、歩きやすくて、ちょっとしたハイキングにもってこいだった。 車の中にきゅうきゅうに押し込めていた身体をうんと伸ばして、リズミカルに歩く。 お天気にも恵まれてとても心地良い。 私はすっかりこの早朝の散歩を気に入っ

    • わたしたちの結婚#37/忘れ物と抱きしめられた幼いわたし

      外が十分明るくなった頃、やっとのことで夫の生まれた県にたどり着いた。 「次のサービスエリアで停まるから、お化粧してきたら?」 再びうとうとしていた私に、夫が声をかける。 夜中眠って行くプランだったから、私はすっぴんで車に乗っていたのだ。 「うん、そうする」 ついでに顔も洗おう。 そんなことを思いながら、大きめのボストンバッグの中を探った。 …ない。 ないぞ? 一気に眠気が吹き飛ぶ。 なんと、化粧ポーチを忘れてきてしまったようだ。 「大変!化粧ポーチがない!」

      • わたしたちの結婚#36/夜の高速道路と眠気覚ましのピエタの話

        目を覚ますと、私を乗せた車は、まだ暗い高速道路を静かに走っていた。 仕事の疲れもあったのか、随分ぐっすり眠ってしまっていたらしい。 「今、何時?」 頭がぼーっとする中、夫に聞いた。 「3時。まだまだ夜中だよ。もう少し寝ていたら」 夫は優しく私に言った。 クーラーで冷えた車内で、柔らかい毛布の触感が心地よく、もう一度眠りに落ちるのは容易いことだった。 けれど、車のダッシュボードに飲みかけのブラックコーヒーと眠気を止める「トメルミン」のゴミが無造作に置かれているのを見

        • わたしたちの結婚#35/深夜の旅立ちと優しいドライブ

          私たちが暮らす家が決まった頃、夫が帰省に誘ってくれた。 「そろそろ世間も落ち着いてきたし、僕の実家に行ってみようか」 ご挨拶はもう少し先になるかと思っていたので、このお誘いはとても意外だった。そして、とても嬉しかった。 丁度月末にふたりが4連休を取れる週末があったので、3泊4日で旅行も兼ねて伺うことになった。 私は以前見せてもらった、夫のご家族の写真を思い出した。 夫と同じ優しい眼差しを持つお義父さんと、聡明そうなお義母さん。 緊張するイベントではあるけれど、大好

        • わたしたちの結婚#38/高原の朝、初めて見えた夫の素顔

        • わたしたちの結婚#37/忘れ物と抱きしめられた幼いわたし

        • わたしたちの結婚#36/夜の高速道路と眠気覚ましのピエタの話

        • わたしたちの結婚#35/深夜の旅立ちと優しいドライブ

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        • わたしたちの結婚
          38本
        • 庶民な私の、買ってよかったもの
          3本

        記事

          わたしたちの結婚#34/物件選びの基準と葛藤

          約ひと月、私たちは週末に物件を見て回った。 夫の納得する家を一緒に探そうと心に決めてからは、内見も楽しめるようになった。 写真を撮ったり、ベランダからの眺望にうっとりしたり。 だいたい似たり寄ったりな造りのひとり暮らし用のアパートと違い、外観から間取り、壁紙や雰囲気まで、それぞれの物件に個性があるため、ファミリー向けの分譲マンションを見てまわるのはとても楽しかった。 ここに冷蔵庫を置いて、レンジはここ。この間取りならリビングを見ながらお料理ができるな。寝室は、こっちが

          わたしたちの結婚#34/物件選びの基準と葛藤

          わたしたちの結婚#33/わたしたちの家探し

          プロポーズ、私の両親への挨拶、小旅行。 順調にイベントを進めてきた私たちは、次は一緒に暮らす家を探すことにした。 ふたりの勤務地を鑑みると、自然とエリアは絞られたので、その地域の不動産屋さんに夫が予約を入れてくれた。 何度かひとり暮らしをしていたから、不動産屋さんが初めて、という訳ではなかったけれど、ひとり用の気軽なワンルームを探すのと、結婚に向けたふたり暮らしの部屋探しというのは、随分重みが違うように感じられて、私はまた緊張した。 緊張を表情に出してしまうと、夫はい

          わたしたちの結婚#33/わたしたちの家探し

          わたしたちの結婚#32/思い出話と過去の価値

          旅館の朝ごはんが好きだ。 普段の朝ごはんの概念を遥かに超える品数がずらりと並ぶ、贅沢な朝ごはん。 とても食べきれないのではないかと一瞬怯んでしまうけれど、薄味で計算されたバランスの食事は、不思議とスルスルと身体に吸い込まれていき、心地良い満足感に満たされるのだ。 なめこのおみそ汁と、大きなだし巻き玉子をお膳に見つけて、それだけで今日の朝ごはんは大正解だな、と心が踊った。 ごはんの硬さはかためが好きだけど、どうかな、などと考えながら慎重に一口頬張る。うん、美味しい。私好

          わたしたちの結婚#32/思い出話と過去の価値

          わたしたちの結婚#31/眠れない夜、明るい月

          夜、私たちは眠った。 きちんと手入れされた、清潔で温かな布団に身を包まれたら、ふたりともすぐに眠りに落ちてしまった。 充実した旅の疲れが身体をまとっていて、いつもよりも重力を強く感じたほどだ。 どのくらい眠っただろう。 空気が震えるほどの地響きを感じて、私は目を覚ました。 キョロキョロと左右を確認すると、それは夫のいびきだった。 夫は、息を大きく吸い込むと、身体中を震わせながら大きな大きないびきをかいた。 「トトロみたい、、、」 いびきを気にしているとは聞いてい

          わたしたちの結婚#31/眠れない夜、明るい月

          わたしたちの結婚#30/美味しい食事とサプライズ

          私が大浴場から戻ると、ちょうどよい時間だったので、夕食会場に向かうことにした。 夕食会場は半個室の和室で、ゆったりとくつろげる空間だった。 和食の懐石料理に舌鼓を打つ。 見た目にも美しく、薄味だけれどお出汁をしっかり感じられる繊細なお料理で、心と身体が満ち足りていくのを感じた。 温泉に入ってさっぱりした身体で食べるお料理は、なんて美味しいのだろう。 私と夫は、交互に美味しいと言い合ったり、今日の旅の感想を伝えあったりした。 「晴れてよかったね」 「ほんとに」 「

          わたしたちの結婚#30/美味しい食事とサプライズ

          わたしたちの結婚#29/私の形と温泉の魔法

          旅館に戻ると、ご飯の時間まで余裕があったので、大浴場に行くことにした。 私は温泉がとても好きだ。 洗い場で、普段ないがしろにしがちな自分の身体をいつもより丁寧に洗う時間も好きだし、馬油やポーラといった、温泉でしか出会わないシャンプーで髪を洗うのも好きだ。 なにより、温泉独特の柔らかいお湯を全身で感じる瞬間や、広いお風呂に手足をうんと伸ばす心地よさがたまらない。 温泉からの眺めが良かったなら、それはもう天にも昇るようなご褒美である。 この日まで頑張ってきて良かった、な

          わたしたちの結婚#29/私の形と温泉の魔法

          わたしたちの結婚#28/温泉街と馴染んだ手

          レストランを出るとき、シェフのご夫婦が外までお見送りをしてくれた。 改めて美味しかったと告げると、シェフは、東京で修行をした後、この大自然の中でレストランを開いたというエピソードを教えてくれた。 東京で出会ったという奥様に、環境の変化に不安はなかったのかと聞くと、 「主人は言い出したら聞きませんから」 奥様は困ったように、けれど少し誇らしげに答えてくれた。 夫婦というのは運命共同体なのだな、とその時改めて感じた。 一方の大きな決断で、自分の過ごす環境が大きく変化す

          わたしたちの結婚#28/温泉街と馴染んだ手

          わたしたちの結婚#27/ドライブ、そして大自然のレストラン

          何を着て行こう。 クローゼットを開けて、ふむ、と悩む。 これまでファッションに関心を寄せてこなかった私にとって、デートでの服装は毎回私を悩ませた。 「どうして暗い色の服ばかり着るの?」 明るい色の服を着て欲しいと指摘した夫の拗ねたような表情を思い出す。 黒、グレー、ネイビー。 これが私のワードローブで、肩が凝らないことと、仕事でも週末でも使いまわせる無難なデザインであることが条件だった。 試しに明るい色を着てみようと、ユニクロのワゴンセールで500円で買ったピンクの

          わたしたちの結婚#27/ドライブ、そして大自然のレストラン

          わたしたちの結婚#26/夫の家族とご挨拶の延期

          今となっては、なかなかすごい時期だったな、と思うのだけど、その頃は都道府県を超えて移動することは控えた方がいい、というマナーが存在した。 不要不急の外出、とか、自粛、とか、そんな言葉が世間を席巻していた。 「というわけで、こちらの両親への挨拶はしばらく控えて欲しいそうなんだ」 水族館の帰り、夫は申し訳なさそうに私にそう言った。 夫の実家は遠方で、私も気にかけていた。 「そっか。それは仕方ないね。最近はWEBのテレビ電話で挨拶する人もいるみたいだよ。そういう形も考えた

          わたしたちの結婚#26/夫の家族とご挨拶の延期

          わたしたちの結婚#25/楽しい気持ちと空飛ぶイルカ

          恋人ができたら何がしたい? そんな憧れは、誰にでもひとつふたつあると思う。 私にとって、そのひとつが水族館だった。 素敵な彼と、水族館に行く。 あまりにもベタなデートで、少女漫画の主人公は大抵デートで水族館に行く。 けれど、集客力のあるコンテンツが何もない田舎で生まれ育った私の日常に、水族館はなかった。 だからこそ、憧れていた。 キラキラ光が反射する水を見上げて、のびのび泳ぐ魚を見る。 もちろん彼と手を繋いで、彼は魚を見つめる私を見て微笑むのだ。 彼女が可愛く

          わたしたちの結婚#25/楽しい気持ちと空飛ぶイルカ

          わたしたちの結婚#24/両親への挨拶とこぼれた涙

          1時間に1本、多くても2本しか電車が停まらない駅の閑散とした改札を通って、夫は現れた。 田舎に似つかないしゃれたジャケットを羽織り、ヨックモックの紙袋を下げている。 緊張したようすもなく、朗らかに片手を挙げて、私に到着を知らせた。 「電車で来たのは初めてだけど、なかなか味のある駅だね、君の地元は」 「変なところはないかな?とはいえ、着替えは持ってきていないけど」 夫は自身の身なりを確認してから私の顔を見た。 「大丈夫。今日はバラが綺麗に咲いているから。ふたりともご

          わたしたちの結婚#24/両親への挨拶とこぼれた涙

          わたしたちの結婚#23/庭のバラと育てる理由

          庭のバラが見頃だった。 母は満足そうに見つめた。 「どうしてバラを育てようと思ったの?もともとバラが好きだったの?」 私はこれまで不思議に思っていたことを聞いた。 我が家の庭は、それはそれは古めかしい和風の庭で、松や紅葉が主役だった。 その庭の真ん中に、たくさんの鉢植えでバラが丁寧に育てられている。 和風な庭にバラが調和しているとは、なかなか言い難かった。 「好きじゃなかったわ。バラなんて、育て方も知らなかったもの」 母はさらりと言った。 「じゃあどうして」

          わたしたちの結婚#23/庭のバラと育てる理由