国民の生活を豊かにする政治家は尊敬されない
江戸時代の三大改革を皆さんはご存じだろうか?中学校の歴史の授業で習ってなんとなく覚えている人もいることだろう。享保の改革、寛政の改革、天保の改革である。この3つの改革における改革とは何を指しているかと言えば、幕府の財政改革であり、いまでいうところのプライマリーバランスの健全化である。この改革の中身は幕府の財政をよくするための改革であり、国民を豊かにすることを目的としている改革ではないことに注意する必要がある。ちなみにあと一つ有名な改革を挙げるとすれば新井白石の正徳の治になるだろうか?
ちなみに江戸時代に国の景気が大きく好転した時代と言えばいつだろうか?なかなか定量的に判断するのは難しいが、元禄文化、化政文化という言葉は江戸時代の繁栄を表す言葉としてよく使われるため、元禄時代、文化&文政時代は国民が豊かであった時代と言えるかもしれない。
ちなみに元禄時代の施政者は徳川綱吉であり、文化&文政時代の施政者は徳川家斉である。この2人の将軍に名君のイメージをもつ人は少ないのではないか?この2人の将軍に共通するイメージは「浪費家」であると思われる。しかし、浪費家であることが積極財政につながり商業の発展に大きく寄与していると言えるのではないか?ちなみに3大改革はいずれも質素倹約を柱とした緊縮財政政策である。そして国民生活は好転していない。
この事実は、政治家への評価として「国民生活を豊かにする」という観点よりも「本人が清廉潔白」かどうかが重視されていることを示している。一時期「世界で一番貧しい大統領」としてウルグアイのムヒカ大統領がもてはやされたが、ムヒカ大統領を褒め称えていた人のほとんどムヒカ大統領の施策やウルグアイの政治/経済状況などについて知らないことなどもその典型例と言えるだろう。人は政治家を政策よりも人間性で判断するものだ。
そして、くしくも江戸時代の末期(天保の改革以降)と今の経済状況は非常に似ていると言えるかもしれない。技術革新が次々起こり、生産力が向上しているにもかかわらず、世間に出回っているマネタリーベースが追い付いていかず、需要が伸びてこず、慢性的なデフレ状態となっている。この状況を打破するためには、積極財政により国家支出を増やしていくべきなのだが、一番の壁は「国民の生活を豊かにする積極財政を推進する政治家は国民に支持されない」ということなのかもしれない。今の状況で積極財政をするということは、公務員の給料のベースアップを推進し公共事業への投資を拡大することだが、残念ながらこのような施策が国民の支持を得る可能性はゼロだろう。
ちなみに江戸幕府がこの状況からどのように抜け出したかと言えば、江戸幕府の後をついだ明治政府の「富国強兵」政策である。「異国の脅威から日本を守る」という国家国民一丸となれる大きなスローガンがあったからこそ、積極的な投資を行う富国強兵政策が取れたのである。今の日本には仮想敵国がないため、積極財政を推進するのは難しいのである。
では、今の日本はデフレとともに沈んでいくしかないのであろうか。一つには仮想敵国を作るという方法もあるが、私は仮想敵国を作らなくとも積極財政を推進していく方法はあると思っている。そのためには国民に、積極財政が一部の特権階級が贅沢をするためのものでなく、日本の発展に必要なものであるということをまずは正しく理解してもらうことが重要だ。
そのためにはまずは多くの国民が誤解している「プライマリーバランスの均衡目標」の破棄と「税金は財源」という誤った考えからの脱却である。国家支出を抑えるために、公共事業の値下げを業者に強要し、そのために業者が賃金の安い労働者を得るための移民政策を推進するなど、狂気の沙汰の亡国の政策としか思えない。
プライマリーバランス均衡を目指す弊害は以下の記事を参考にしてほしい。
また、税金は財源でない理由に関しては以下の記事を参考としてほしい。