[西洋の古い物語]「世界で一番美しい薔薇」
明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
今年最初の物語は、アンデルセンの作品です。
世界で一番美しい薔薇の花は一体どこに咲くのでしょうか。
ご一緒にお読みくださいましたら幸いです。
※ 画像はフォトギャラリーからお借りしました。美しい花びらの重なりは、心を優しく包んでくれるように思われます。
「世界で一番美しい薔薇」
(ハンス・クリスチャン・アンデルセン作、adapted)
昔、ある女王様がお治めになっていた頃、女王様のお庭では世界中から集められたこのうえなく見事な花々が四季を通じて見られました。でも、他のどの花よりも女王様は薔薇の花を愛しておいでで、お庭には緑の葉から林檎のような香りのするノイバラからいとも華麗な深紅色の大輪の薔薇まで、たくさんの種類の薔薇がありました。薔薇はお庭の壁を這い上り、柱や窓枠に巻き付き、窓から部屋の中へと這い込んで、大広間の天井に沿って端から端まで生い茂っておりました。さまざまな色の薔薇の花があり、香りや形も多種多様でした。しかし、大広間の中には不安と悲しみが棲みついておりました。と申しますのも、女王様はご病気でずっと床についておられたからで、医師たちによるともう助からないとのことなのです。
「まだ一つだけ女王様をお助けできるものがございます」と賢者が言いました。「世界で一番美しい薔薇を女王様にお持ちするのです。最も清らかで輝かしい愛の象徴である薔薇を。女王様が目が閉じられる前にその花を目の前にかざせば、女王様はお助かりになるでしょう。」
すると各地から老いも若きもが薔薇を携えてやってきました。それは、各人の庭で咲いた最も美しい薔薇でしたが、でもそれらは正解ではありませんでした。正しい薔薇の花は「愛の庭」から摘み取られたものでなければなりませんが、その庭に咲くすべての薔薇のうち、一体どれが最も高貴で清らかな愛を表すというのでしょう。
詩人たちは世界で一番美しい薔薇について歌い、乙女と若者の愛や死に瀕した英雄たちの愛について語りました。
「だが、彼らはまだ正しい薔薇の花を言い当ててはおりませぬ」と賢者は言いました。
「詩人たちはその花が咲き誇る場所を示してはおりませぬ。それは若い恋人たちの心臓から萌え出る薔薇ではないのです。詩歌の中では永遠に香るのでしょうが。また、それは祖国のために死ぬ英雄の胸より流れる血から萌え出た花でもありません。その死より尊い死はごく稀でしょうし、彼らが流す血よりも赤い薔薇はないでしょうけれども。その花はまた、大勢の人々が幾晩もの眠れぬ夜と若い命の大半を捧げる、学問の魔法の花でもないのです。」
「でも、私はそれがどこに咲くのかを知っていますよ」と幸福な母親が言いました。彼女は可愛らしい子供を伴って、死を前にした女王様の枕元にやって来ました。「愛の最も美しい花がどこで見つかるか私は知っています。それは私の可愛い子の花のような頬っぺに咲くのですわ。ねんねから醒めて目を開き、私ににっこりと微笑むときにね。」
「この薔薇は美しい。しかしもっと美しい薔薇がまだあるのです」と賢者は言いました。
すると一人の婦人が言いました。
「私は最も美しくて清らかな薔薇が咲くのを見たことがありますわ。それは女王様の頬の上でした。女王様は黄金の冠をお脱ぎになり、長く陰鬱な夜の間、病気のお子様を腕に抱いておいででした。女王様は涙を流され、お子様に口づけして、祈っておいででした。」
「神聖で不思議に満ちているのは、母の悲しみの白薔薇です」と賢者は答えました。「しかし、それは私たちが探している花ではありません。」
善良なる司祭様がおっしゃいました。
「世界で一番美しい薔薇を、私は主の祭壇で見ましたぞ。うら若い乙女たちが主の祭壇へと歩み寄るとき、みずみずしい頬の上で薔薇の花が赤らみ、輝いておりました。一人の若い娘御が祭壇の前に立ち、愛と清らかさで満ちた魂を抱いて天国を仰ぎ見ておりました。あれこそが最も高貴で純粋な愛の表れでした。」
「その娘さんにお恵みがありますように」と賢者は言いました。「しかし、まだどなたも世界で一番美しい薔薇を言い当ててはおりません。」
するとその時、一人の子供が部屋へ入ってきました。それは女王様の幼いご子息でした。
「お母様、僕がご本で読んだことを聞いてね」と少年は言いました。
そして枕元に腰掛けると、その子は、人々を救うために十字架上で受難なさったお方のご本から読みました。そのお方は、まだこの世に生まれていない人々までをもお救いくださった方なのです。この時少年が読んだのは、「その方の愛よりも大きな愛はありません」という言葉でした。
すると、薔薇色の赤らみが女王様の頬の上に広がりました。そして両目は光をたたえました。それは、その本のページから最も美しい薔薇が咲き出ずるのを女王様がご覧になったからでした。その薔薇は十字架上で流されたキリスト様の御血から萌え出たのでした。
「見えますわ!」と女王様はおっしゃいました。
「これは地上で一番美しい薔薇の花。これを見た人は決して死ぬことがないのです。」
「世界で一番美しい薔薇」の物語はこれでおしまいです。
神の愛を信じ、人の幸福を願う清らかな思いこそが薔薇の花のように美しく芳しいのだ、ということをこの物語は教えているのでしょうか。
誰かの優しい善意に救われたり、人の清らかな思いに心洗われたり・・・、私たちのまわりにも、日々、美しい薔薇の花は咲いてくれていますよね。人生は辛くて悲しいこともあるけれども、それでも人生を美しいと思わせてくれるのは、そんな薔薇の花たちなのだと思います。
自分のことを振り返ると、疲れていたら人に優しくできなかったり、自分は努力が足りないのに人の頑張りを素直に称えることができなかったり・・・毎日、反省ばかりです。
今年もあいかわらず自分を情けなく思いながら生きていくのでしょうね。でも、そんな私のまわりでも優しく咲いてくれる薔薇の花々に励まされながら、私も誰かの喜びと慰めになれますよう、年の初めにあらためて祈りたいと思います。
最後までお読みくださりありがとうございました。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
この物語の原文は以下の物語集に収録されています。