腰痛爆発托鉢坊主

学生の頃から癖になった関節痛が、齢27にして爆発した。
半年ほど前から腰をじんわりと痛めていたのだが、ついに三ヶ月ほど前、痛みで動けなくなるような始末となった。
動く度にキンキンと鉄琴みたいな音色が響く有様で、更に先月からは椅子に座るともも裏が痛むようになってきた。調べると坐骨神経痛らしい。もうボロボロである。
結果として、動けと言われる時間以外はほとんど寝て過ごしてやったわけだが、さすがに運動不足からの肥満化著しい様子に自らも消沈し、いよし本格的に腰と向き合ってやろう、と決心したわけだ。

整骨院と整体院の違いは、保険診療か自由診療かの違いらしい。ものすごく簡単に言えば整骨院のほうが安く済む可能性があるわけだが、しかしこの腰は相当厄介と見た。保険診療でちまちまやってもラチがあかない。
Googlemapの口コミを股にかけ股にかけしてみたところ、良さげな整体院をひとつ見つける。そこの良い所は「挑戦的な」ところだった。

「骨を鳴らすような施術はしません。あれは体内にできた気泡が鳴っているだけで医学的な効果はなく、当院ではそのようなパフォーマンスはいたしません」
整体院のホームページにはそのように記載されていた。

良い。やはり、こういうところは挑戦的でなきゃいけない。
アナーキーな一匹狼の個人商売から発散される雰囲気というものはある。
整体院に限らず飲み屋にしたって自転車屋にしたって、大手のやり方を決して良しとしない反骨的な独自性があるからこそ惹かれるものはある。

大概そういう店は癖のあるかわりに腕は一品。と、信じたい気持ちにはさせてくれる。

私はさっそく整体院に予約の電話をかけた。
当日、私の状態を診た整体師のおっさんはよくできた恵比寿顔で施術の説明をした。つまり私の腰は完全に縮まり切ってしまっていて、柔軟性が失われている。腰周辺の筋肉も引っ張られてしまっているので、周囲も含めてほぐさなければいけないとのことだった。
うつ伏せになった私の腰に、試しにおっさんが指を落とす。骨に当たっていた。
「これ骨じゃないですよ」
なんと、骨と勘違いするほどに腰の筋肉が固まってしまっているらしい。実際、おっさんが指を押し込んでいくと骨かと思われた筋肉の塊は徐々に凹んだ。同時に激痛が走る。

整体の想い出といえば激痛と靴下しかない。
激痛と施術による激痛である。凝り固まった筋肉を指圧によってもみほぐすわけだから痛みが走るのは当然なわけだ。整体師というのは、もれなくサドマゾ界隈で言うところのサドに間違いない。自分が今触れている人間が苦悶の表情で震えているというのに、ぐいっぐいっと指を押し込むのをやめないわけだ。
「ここ痛いですよね~」
なんて言ってくる始末なのだから整体師の夜の事情は推して図るべし。

もうひとつ、靴下というのは、なかなか痛い思い出がある。
学生時代から度々関節を痛めていた私は、元々整骨院へ通うことが多かった。中では靴を脱ぐわけだが、一度自分の靴下がスメハラ大確定のお臭の国左大臣の有様なことがあった。
前日に降った雨で靴がわずかに濡れていたことなどもあったのだろう、とにかくその靴下がお臭様であることに気付いたのは施術台に座ってのことだった。もう少し前に気付けていれば足ごと焼却滅菌出来ていただろうが、時すでに遅しとはまさにこのことだった。

というわけで、整体に行くとなれば私は激痛への覚悟を決めることと、綺麗な靴下を履いていくことはセットになった。そこに怠りはなかったはずだ。

しかし、施術の痛みが予想を超えるとはよもや思わなんだ。

メリメリと 筋肉潰す えびす顔

追い込まれると、脳の片隅が全然関係ない事を考え出すことがある。
仕事で大変忙しい時にメープルシロップの甘みが思い出されたり、遅刻しそうで走っている最中に聞こえてきた会話の断片、
「テレビに出れるとしてさ」
から「出れる」のら抜き言葉が何度もリフレインされてしょうがなかったり、そういう思考の虚勢みたいな現象がある。
あれはきっと、追い込まれている状況から逃避しようとする効果なんだろう。身体的に逃れようがないものだから、もう空想だけであっても逃げの場を作ろうとしているのだ。
おっさんの指圧が中殿筋をメリメリと潰してくるのに渇いた呻きを出しながら、カスタードプリンの揺れ弾む映像を思い浮かべながら、私は確信した。おわり。


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