【水曜日はスキレター】ことばは、夜を織る。
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本日、スキレターの水曜日。
僕的に「水曜日はスキレター」って、noteでのご縁やリスペクトとかを書く一人企画だと思ってるので、その趣旨に則る形にしつつ、こちらでも先日の「楽曲制作」ネタを引き続き、書いていこうと思います^^
お付き合いいただけますと、幸いです*
【01.序章】
去年の今頃。
コロナで最初の緊急事態宣言が出て、仕事が一気にお休みになった頃で、時間もできたことだし、久しぶりに「音楽制作」をやりたくなって、20年前の楽曲を引っ張り出してきてみた。
20年前の当時「絶望だ」と思って作った曲だったんだけど、20年ぶりに見てみたら全然「絶望」じゃなくて。
「絶望だ」とか思ってただけで、
実はそれ以外の道なんて、いくらでもあったんだよね。
「それしかない」って思い込んでたから、
壁にぶち当たった時に、他の選択肢が手元になかっただけ。
なんてことを、40代おじさんになって色々経てきた僕は、絶望を感じてた当時の僕に、伝えてあげたい気持ちになって、「20年後の歌詞」をこの楽曲につけようと思ってトライした。
…でも、いざ意気込んで歌詞つけてみたけど、全然よくなかったんだよね。。。
なんかさ、説教じみてるというか諦念というか、、知ったふうに人生を説いてやろうみたいな感じになっちゃって。。。
それで結局一回ナシにして、この「自分で歌詞つけ」はお蔵入りにした。
それから数ヶ月後。
僕はnoteを始め、記事でその「20年前に制作した楽曲」について書いた。
そして、そこにいただけたコメントが、再び僕の心を動かし始めたのでした。
以下、いただいた内容を抜粋してご紹介。
お名前割愛で失礼いたします。
若い時に感じた、失った時間、景色が見えてるのに大海に立ちすくむ自分を重ね合わせてしまいました。
そうそう、当時はその気持ちだったんですよね。
伝わっていただけて、嬉しい*
幻想と現実が共存しているように感じました。
綺麗なピアノの音に癒されながらも日常を生きているような...
とにかく優しく包まれながらも励まされているような気待ちになりました。
…え?
癒す?励ます?優しく包む?
…「絶望」で作った曲なのに?
私にはすごく前向きな詩に感じられました。
目の前には深くなっていく海、でも前に進むことしか出来ない。
進むことによって何かを失うかもしれないけど、過去には戻れないから後悔もしない。
立ち止まってもいいから、ただ前に進んでいこう。
という風に私には感じられました。
…な !?
「前向き」ですと !?
「絶望」なはずなんですけど !!
皆さんにコメントいただいた原曲は「20年前の状態のもの」です。
当時「絶望」と思い込んでた僕のイメージでつくったはずなのに、
まさかそれがここにきて、「前向き」と受け取られるとは!
驚きました。
つくった本人の僕としては、そんなふうに感じられるなんて、考えたこともなかった。
…でも、そう感じられる方々がいらっしゃるんだから、きっとそれって一つ、真実なんだろうと思う。
自分ではそんなつもりなくても、客観的に見たらそう捉えられるということ。
この作品は、何かそんな「希望」を持ってたりするのかもしれない。
ここnoteで、そう気づかされたのは、大きな出来事でした。
だったら。
「客観的な印象」を大事にして、
あらためてこの曲をまとめたら、
僕の主観だけでは出てこない、
「希望」を含むものが生まれるんじゃないか?
僕はそんなことを思いはじめ、そしてそれをしてみたい衝動に駆られたのでした。
【02.「note」の世界で】
僕にとって、この「note」との出会いは大きかった。
文章での表現をメインとしているSNS。
素敵な文章表現をされている方々がたくさんいらっしゃって、気軽に知り、触れることができる機会にあふれた場。
そして、コメントを通しての「交流」の中で、僕は気づきをもらうことができた。
僕は、noteのクリエイターの方に「歌詞」を書いてもらいたいと思いました。
例えば実際に、詩や歌詞を書かれている方も、たくさんいらっしゃいます。
短歌や小説を書かれている方もたくさんいる。
簡単に考えれば、「作詞家の方に作詞をお願いする」なんだろうけど、でも僕的には、きっとそういう「ジャンル」や「形式」っていうことじゃなかったんです。
大事にしたいと思ったのは、「在り方」。
…って言っちゃうと抽象的でわかりにくいかもだけどf^^;
例えば、曲を聞いてどう感じるのかっていう「感覚」とか「感性」、そこから脳内で景色を描ける「イメージ力」、そしてそれを文章表現に落とし込んだときに「どういう空気感や肌触りのものにまとめるのか」とか、「世界観と主観メッセージのバランス」とか、そういうのを総合したような、言ってしまえばnoteでの「その人の在り方」。
そういうのが「この楽曲とマッチする」と思われる人に、お願いしたいと思った。
考えてみれば、20年前の楽曲制作の時点でもそうでした。
そして20年経たこの時も、僕の役割や大事にしたいところは同じで。
僕は「ディレクション=全体の方向付け」をする係。
そこに注力すべしと振り切った。
ここで僕が「歌詞書けるんだぜ」って出しゃばって、「主観」たっぷりで歌詞を書くとおじさんの説教になるっていうのは、春先のお蔵入りで身に染みたわけで笑
そんな目線で、色々悩んだ結果。
歌詞はこの方にお願いしたいと思った。
小川千紗さん
千紗さんは普段note記事で、歌詞や物語を書くような方ではありません。
でも、その「在り方」が、この作品の言葉表現にほしいと思った。
なので、千紗さんにしてみれば、普段とは違うジャンルのことをお願いされることになるわけです。
…大丈夫かな、話聞いてもらえるかなぁ?
【03.ドキドキの返事待ち】
noteの機能には、クリエイターページの下に「クリエイターへのお問い合わせ」というのがあるので、クリエイターさんに個人的にコンタクトを取ることができます。
…って、運営側の人みたいな説明になってしまいましたがw
ともかく、歌詞を「小川千紗さん」にお願いしたいと思い、この機能を有効活用させていただくことにした僕は、意を決してメッセージを送ります。
…ぃやあ、そりゃあドキドキですよ!
突然メッセージして、変なお願いするんだもの^^
正直、どう切り出すか、文面悩みました笑
この「問い合わせ」が何文字以内の制限あるかもわかんないし、短い説明不足じゃ伝わんないし、長すぎるとウザいし。
なんか、「芸人がSNSのDMで女の子引っ掛ける」みたいなイメージもあり、怪しまれないようにしなきゃとか、余計なことまでいろいろ考えましたよ笑
結果、悩んだ挙句のメッセージでしたが、千紗さんからは怪しまれることなくw、快いお返事をいただけ、念願の「歌詞お願い」を受けてくださることになったのでした!
わーい*^^*ありがとうございます!
僕はまず早速、「20年前のインスト楽曲」と今回用の「歌詞の乗ってない歌メロ入り楽曲アレンジ」をお送りし、千紗さんなりのイメージをつかんでいただくところからお願いしました。
もちろん、楽曲を聴いたこの時点で「イメージわかない」「この曲だったらやりたくない」と思われたら、断っていただいて当然なわけです。
ですので、まずは「やりたいと思ってもらえるかどうか」。
それに値する作品であると思ってもらえるかどうか、ってことだよね。
…ぃやあ、そりゃあドキドキですよ!
OKもらうまでは、何度もこの返事待ちドキドキ試練が待ち受けるのですw
【04.在り方】
千紗さんから、楽曲を聞いた印象が届きました。
今回聴いた感覚では、なにかこう、上にひろがってゆくイメージがありました。
失って、たちどまって、停滞している感じではなく。
当初の「動けない」という感じは、上にひろがることで超えられたのかもしれません。
抱えたかなしみを、想いを空にかざして祈るように、ひとりしずかに昇華してゆく。
驚くことに、というか「やっぱりそうなのか」って半分思ったんだけど、千紗さんが楽曲を聞いて描いてくださったイメージは、記事にいただいたコメントと同じような印象のものでした。
そして、その印象をお聞きしたときに、僕は「やっぱり千紗さんにお願いして間違いなかった」と思った。
僕が望んでいたとおりの「在り方」、感性とかイメージ力だったということ。
そうなれば、あとはアウトプットの文章表現。
これはもう、いつもnoteで拝見しているから、僕としては何も心配はなかった。
…や、ひとつ懸念するとすれば。
依頼した「僕」という存在を気にしすぎて、表現を「僕」に寄せてしまわないかということ。
そうすると、「その人らしさ」という魅力が削がれてしまいかねない。
僕は、千紗さんの「在り方」であってほしいと望む。
もっと言えば極論、もし千紗さん本人がそれでも僕に寄せようと意識して書いたとしても、出来上がりを見る人が「千紗さんの表現」と感じてもらえるものでになって入ればいい。
客観的な印象に、「千紗さん」が在るなら。
そして千紗さん本人が、「ここでの表現はこう在ろう」と納得して書くことができているなら。
これは、千紗さんに限らず、他の方のときにも言えることなんだけど。
コラボとかって、そういうバランスがすごく重要だし、その点がいちばん難しいと思うのです。
ということで歌詞制作は、僕的にその点にかなり注意を払って、進めたのでした。
【05.最後の難題】
歌詞を書いていただいては、歌に乗せてみて、イントネーションや歌い回しを確認し、修正していく。
そんなラリーを何度も重ねて、整えていきました。
きっとたぶん「文章表現」だけのものだったら、発生しない作業だと思います。
でも、今回は「歌」なので、「耳で聞いたときに単語が判別できるか」とか「違和感がないか」とか、「不自然じゃないか心地いいか」とか「無理矢理感がないか」とか、細かいところまで何度も確認しましたね。
「歌詞を書いてる人」と「歌メロを作る人」と「歌う人」が違うということは、日本語の単語一つを発するだけでも、その発音の仕方に違いが出てくるもので。
そしてもちろん、それに「聞く人」もいて、それも「発する側」とは別人の第三者なので、そこにちゃんと伝わるように作らなければならない。
個性と共通性との兼ね合い。
「方言が通じない地元じゃない人に標準語で話す」、みたいな感じのことです。
そんなこんなを重ね、ようやく歌詞がまとまってきたところで。
最後になって、調子にのって、「難題」を投げた私w
楽曲をお聞きいただくとわかるかと思いますが、最後に左右で「歌が掛け合いになる」というところが登場します。
実はここが難題ポイントで、
1・文節の最初と最後でメロディーが1音ずつ重なるので、重なりが不自然にならないよう、重なる語の「母音」は同じにする必要がある。
2・それでいて、歌詞として意味が通じるようにしなければならない。
3・もちろん歌メロありきなので、文字数も守らないといけない。
4・歌い終わりがまったく同じく重なるように。
上記4つを満たす歌詞を、考えねばならないわけです。
母音とが文字数とかの制限によって、使える単語もかなり限られてきます。
こりゃあ大変、超難題ですw(←人ごと^^)
でも。
正直、この難題をクリアして上がってきた歌詞こそ、千紗さんの本領発揮を僕は感じたんですね。
夜を織るように
天に耀う星のように
…おぉ、すげぇ!キター(゚∀゚) !!
や、普通出てこないっすよ、この表現!
そして、すごく千紗さんらしい*
皆さん何気なく聞かれているかもしれませんが、
「違和感なく自然に聞こえる」ことが、実はすごいことなんです!(力説)
ということで今一度、千紗さんの歌詞に注目して、お聞きくださいませ^^
映像上では細切れでの歌詞掲載なので、これは是非「歌詞全体の世界」を見ていただきたいところですが。
何せ、えらい長くなってしまったので、歌詞はあらためて別の機会にて*
小川千紗さん、本当にありがとうございました!
…てことで「スキレター」に乗じて、楽曲制作におけるあふれんばかりの「スキ」を伝えるべく、気づけばこれまでで最長の記事になってしまいましたがf^^;
まだまだ懲りずに「夜標」制作話つづけますので、どうぞよろしくお願いします*
それだけ熱量ってことで、お許しを!笑
読んでいただき、ありがとうございました*