『成功』は霧の中での選択の連続の結果
[要旨]
学者などの研究したマーケティング理論は、結果が明らかとなっている現在から過去を振り返って、その結果へと至る一直線だけに着目していることがほとんどです。しかし、実際の事業活動においては、霧の中での選択の連続であり、正解は事前には分からないという前提で臨まなければなりません。すなわち、現場の内から限られた見通ししかない人の視点に立って、時間に沿って順行して見るようにしなければなりません。
[本文]
今回も、大阪ガスエネルギー・文化研究所の主席研究員の鈴木隆さんのご著書、「御社の商品が売れない本当の理由-『実践マーケティング』による解決」を読んで、私が気づいたことについてご紹介したいと思います。前回は、有形の商品を売る事業でも、現在は、あらゆる商品が「拡張された商品」として、必ずサービスをともなうので、無形の商品を売るためのサービス・マーケティングを行う必要が高まっているということを説明しました。ところで、ここまで何回かにわたり、マーケティング活動では、過程を管理することが大切ということを説明してきましたが、これに関して、鈴木さんは、管理マーケティングの問題点についてご指摘しておられます。
「ところが、私たちは、実際には、こうした霧の中での選択の連続であるにもかかわらず、過去を振り返る際には、実践を、あたかも、一直線の因果の連なりとして見通してしまいます。何度も触れたように、インテルは、気がつかないうちに、メモリーメーカーからマイクロプロセッサ企業へと進化し、Amazonは、在庫を持たない方針を180度転換して、巨大な物流センターを各所に設置し、Youtubeは、デート相手の検索サービスをやめて、動画共有サービスに絞り込み、ジャパネットたかたは、ラジオ局から番組に出ないかと声をかけられて店舗だけでなく商品も紹介することに変更し、ネスレ日本は、コーヒーマシンのセットがまったく売れず、モニター募集に切り替え(中略)ました。
ところが、結果ありきで過程は読み解かれ、うまくいった結果が当初からめざされてきたかのように説明されてしまいます。インテルはマイクロプロセッサ企業を、Amazonは巨大な物流網を、Youtubeは動画共有サイトを、ジャパネットたかたは商品の通信販売を、ネスレ日本はネスカフェアンバサダーを(中略)最初から目指して実現したことにされるのです。管理マーケティングでは、このように結果が明らかとなっている現在から過去を振り返って、その結果へと至る一直線だけに着目していることがほとんどです。
さらに、管理マーケティングの問題点は、このように、過去のいくつものあり得た可能性を切り捨てて一直線に見てしまう、ということだけではありません。そもそも、現実の世界のとらえ方からして違ってくるのです。管理マーケティングでは、もっぱら、外から眺める神の視点、すなわち、第三者の視点に立って客観的に世界をとらえ、あらゆる情報源から得た情報をもとに、事実を再構成したモデルに基づいて語ります。そこには、渦中を生きる人の視点、すなわち、本人の視点に立って主観的に世界をとらえ、渦中で感じたとおりに記憶を再現した体験そのものの語りはありません。現場で実践するマーケターと顧客がまさにそうしているにもかかわらず…
私たちは、過去について、つじつまの合った後講釈を信じ込む傾向があります。しかし、実際は(中略)霧の中での試行錯誤の連続というのが実態です。管理マーケティングの事例のとらえ方は、現場の実際とは異なります。現場の外からすべてお見通しの神の視点に立って、結果から時間を遡って逆行して見るのではなく、現場の内から限られた見通ししかない人の視点に立って、時間に沿って順行して見るようにすることが必要です」(176ページ)
鈴木さんの指す管理マーケティングとは、学者などが研究したマーケティング理論を指すようです。そして、そのようなマーケティング理論は、鈴木さんもご指摘しておられる通り、机上で研究した結果であり、なんとなく実践的ではないと感じている方も多いと思います。ところが、そうであれば、事業活動は「霧の中での試行錯誤の連続」なのですから、答えのない問題を解き続ける状態で臨まなければなりません。しかし、私がこれまで中小企業の事業改善のお手伝いをしてきた経験から感じることは、「霧の中での試行錯誤の連続」を忍耐強く続けることができる経営者の方は、残念ながら少数派だと思います。
とはいえ、経営者の方だけでなく、一般的には、「霧の中での試行錯誤の連続」に耐えられる人は少ないと思います。ですから、経営者として成功するには、高い能力が求められるわけですし、経営者として成功した人は高い賞賛が得られる訳です。では、学者の研究するマーケティング理論は役に立たないのかというと、決してそうではないということも言うまでもありません。
現実の会社の活動の状況を帰納してそれらを法則化し、それを研究結果として公表することは、経営者が誤った判断をしないための有効な材料になります。話を戻して、世の中には成功した会社はたくさんあり、どうして成功したのかという分析結果もたくさん知られていますが、その成功要因は事前に分かっていたものはほとんどないということです。これは当たり前のことなのですが、実際の事業活動では、正解がすぐに見つかることを期待する経営者の方が多いように、私は感じています。
2023/3/17 No.2284