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ヒューマニスティックだけでは失敗する

[要旨]

冨山和彦さんによれば、人材を育成するために、部下に不得手な分野に挑む機会を与えることは重要ではあるものの、その結果、事業が失敗するようなことは避けなければならないそうです。したがって、これからの会社は、従業員のエンプロイアビリティを高める働きかけが重要になると言えます。

[本文]

今回も、前回に引き続き、冨山和彦さんのご著書、「結果を出すリーダーはみな非情である」を読んで、私が気づいたことについて説明したいと思います。前回は、冨山さんによれば、経営環境の変化に合わせ、事業方針を転換する必要があったとき、これまで使ってきた能力を活かすことができない従業員がいる場合、その従業員に薄情けをかけて、続けて働いてもらうことは競争力を削ぐことになるので、避けなければならないということについて説明しました。

これに続いて、冨山さんは、中間管理職はヒューマニスティックな気持ちも必要だが、最終的にはプラグマティックでなければならないということについて述べておられます。「意図的なミスキャストを行う場合、忘れてはならないのは、プロジェクトを成功させることが第一優先であることだ。『Bさんは苦労するだろうけど、乗り越えるだろう』という冷徹な計算がいる。『乗り越えられなくてプロジェクトは失敗するかもしれないが、本人にはよい経験だからやらせてみよう』という見切り発車は最悪だ。

失敗したら、本人のためにも会社のためにもならない。部下に経験を積ませて能力を伸ばしてやりたいというヒューマニスティック(人道的)な気持ちと同様に、彼はなんとか乗り超えるだろう、それによって彼が成長すればチームとしてより大きな成果を上げられるようになるだろうという、極めてプラグマスティック(実利的)な計算の両方を常に持っていないと、リーダーは間違いを犯してします。ヒューマニスティックな気持ちだけで突っ走ってしまうリーダーは、結果的にまわりの人間を不幸にしてします。

裏づけもなく、『米軍基地を沖縄県外に移す』と公言して、結局何もできず、沖縄県民を含むすべての関係者に大きな混乱と失望を与えた総理大臣がいたが、あの発言にはなんの悪意もない。純粋にヒューマニスティックな気持ちから出た言葉だろう。だが、一方に冷徹な計算を持ち合わせていなかったために、周りの人たちをかえって不幸にしてしまったのだ。ビジネスの舞台においても、実はこれと似たり寄ったりの人事や役割分担をやってしまう経営者が少なくない。

大企業の子会社人事などには、今でもこの手の情実人事が散見される。社長レースに敗れた人を『社長ポスト』で処遇するため、役員レースに敗れた人を『役員ポスト』で処遇するために存在する子会社は少なくない。しかし、学芸会と同じように全員に役を割り振って、台詞もすこしずつみなにしゃべらせて、誰が主役で誰が脇役だかわからない、あるいは主役が何人もいて同じ台詞をしゃべっているような脚本・演出で、よい芝居ができるわけがない。ビジネスとしてもアウト、『客は入らなかったけど、みなで頑張ることができてよかったね』と仲良く傷をなめ合う結果になるのがオチである」(248ページ)

冨山さんは、「社長レースに敗れた人を『社長ポスト』で処遇するため、役員レースに敗れた人を『役員ポスト』で処遇するために存在する子会社は少なくない」とご指摘しておられますが、歴史の長い会社ほどこの傾向は強いので、小売業や金融業などでは、新しい会社が強いというのは、こういう側面があるのだと思います。とはいえ、部外者から見れば、「出世競争に敗れた人のための子会社はむだ」だと思いますが、出世に敗れた人から見れば、「今までこれだけ会社に尽くしてきたのだから、『たまたま』、『運悪く』、出世を他の同期に譲ることにした自分は、せめて子会社の社長で報われて当然だ」と考えるでしょう。

しかし、私は、出世競争に敗れた人が子会社の役員ポストで処遇されるべきという考えは誤っていると思います。もし、自分が、出世競争で敗れた相手と同様の実力があると考えるのであれば、自ら会社を起こして成功することができるはずです。恐らく、「子会社の社長」に甘んじる人は、本当は自分は年功で得た「肩書」以外に頼るものはないということをわかっているから、子会社の役員に就くのだと思います。とはいえ、経済成長が続いている間は、これまでの年功人事はうまくいっていたことも事実だったと思います。しかし、経営環境が変わったにもかかわらず、人事制度が変わらなかったから、業歴の長い会社は、業歴の新しい会社に比べて競争力が低くなってしまったのだと思います。

では、これから会社はどうすればよいのかというと、従業員のエンプロイアビリティを高めさせることだと思います。その結果、自社にとって望ましい人材が育つし、もし優秀な人材でも自社で能力を活かす機会がなければ、他社に移るか、自分で起業できることになるので、不要な人材を抱えたままになるということは少なくなっていくと思います。このように、自社の競争力を高めるという観点から、自社従業員のエンプロイアビリティに会社として注力することは、これからますます重要になっていくと思います。

2024/8/16 No.2802

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