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ストーリーは長期的にはごまかせない
[要旨]
公認会計士の森暁彦さんによれば、固定資産から得られる将来のキャッシュフローは、社長やCFOが適切な額を見込みますが、その見込み額が楽観的過ぎると、短期的には隠すことができても、長期的には隠し切れなくなります。そこで、誠実な見込みを行わなければ、適切な利益計上の妨げになるだけでなく、株主や銀行からの信用を失うことにもなります。
[本文]
今回も、前回に引き続き、公認会計士の森暁彦さんのご著書、「絶対に忘れない『財務指標』の覚え方」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、森さんによれば、財務諸表は、会社の将来がどうなるかという情報はあまり多く得ることはできませんが、過去の不自然な情報を見抜くことはでき、それは、経営者が業績をよく見せたいという思惑によるものであり、そういった経営者の姿勢が反映されているということについて説明しました。
これに続いて、森さんは、損益計算書の利益を調整する方法の1つとして、資産の減損をコントロールする方法について述べておられます。「会計の『幅』の中で、できることは大きく4つあります。1つ目の『幅』は、損失額のコントロール、つまり減損金額のコントロールです。(本来は減損だけでなく、資産の評価損や引当金の計上なども含まれますが、ここでは簡略化のために『減損』に統一します)例えば、工場が建っている土地を保有していて、その簿価が合計で10億円であるとします。
この工場で作っている製品はマーケットで陳腐化しつつあり、採算は悪化している。この場合、会計のルールに従って『減損』を検討しなくてはなりません。減損を行う際の基本的なプロセスは、『現在取得できる情報で、工場が将来的にどれくらお金(キャッシュ・フロー)を稼ぐか』を見積もります。仮に『この工場は将来10億円を稼ぐ』と経営者が見込んだ場合には、減損は不要です。その一方で、悲観的な見方をして『将来3億円しか稼がない』と見込むと減損額は7億円となります。
ポイントは、経営者が楽観的な前提に基づけばそれなりに利益は稼げると説明できる一方で、悲観的に見ればあまり稼げないと言えてしまうことです。これが、財務諸表の作成者に与えられた『1つ目の幅』です。ただ、上場企業であれば、楽観的すぎるストーリーに基づいて会計処理を決めて財務諸表を作っても、3か月ごとに投資家や金融機関、監査法人などにチェックされます。『あの会社のCFOは“この工場は5年で10億円稼ぐ”と言ったけれど、最初の1年目は5,000万円しか稼いでない』と言われるリスクもあります。
CFOは反論して、『いえいえ、1年目はこういう特殊事情があって稼働率が下がったので、来年は予定通り稼ぎますよ』と反論します。どこまで行っても未来の話だけに、このCFOの反論を否定するのはなかなか難しいものです。しかし、さらに、1年たって(当初の減損検討から合計2年が経過)、マーケットのさらなる衰退とともに稼働率が引き下がったりします。すると、さすがに『当初言っていた10億円稼ぐという話はウソだった』と資本市場や監査法人から思われてしまう。
時の経過とともに、ストーリーの賞味期限が切れてしまうというわけです。(中略)だから、資本市場は、短期的にはごまかせるけれど、長期的にはごまかせないのです。『2年間』というのは、私の経験に基づく感覚値ですが、だいたいこのようななものだと思います。逆に言うと、『2年』の期間を越えてほころびなく成長する会社は本物である可能性が高まります」
減損会計について少し補足します。減損会計とは、固定資産の実態の価額が、帳簿上の価額より著しく低下したときに、その差額を損失として計上し、実態の価額に帳簿上の価額を合わせることです。なお、「著しい低下」とはどういう状態なのかについての説明は割愛します。なお、この減損会計は、会社法における大会社(資本金が5億円以上または負債が200億円以上の会社)や上場企業には適用が義務付けられていますが、中小企業では任意となっています。次に、森さんは、工場と敷地の価額の根拠について、将来、獲得するCFあげていますが、減損会計では、時価だけでなく、将来、獲得するCFで判定する点も特徴です。
話を本題にもどすと、自社の工場から獲得できる将来のCFがどれくらいになるのかは、社長、または、CFO(最高財務責任者)の責任で見込むので、そこに『幅』があるということです。この見込みについて、単に、その場の責任逃れのために多めに見込むことは、信義則に反しますが、誠実に見込む場合であっても、当事者と部外者では見解が分かれることは珍しくないと思います。多くの場合、社長やCFOは当事者として多くのCFを獲得しようとするわけですから、あまり悲観的な見込みをすることはしないでしょう。
だからといって、実現が不可能なCFを見込むことは、後になってその見込みが未達成となり、株主や銀行からの信頼を失うことになります。そこで、見解が分かれる場合であっても、最低限、説明責任は尽くすことは、その後の協力を維持するためには必要でしょう。確かに「ビジネスは結果」という面もありますが、経営者は自らの構想について、資金の提供者に対して日常から説明を尽くすことも、事業の発展には欠かすことができないと、私は考えています。
2025/2/19 No.2989