権限規定で『後出しジャンケン』を防ぐ
[要旨]
大阪市にある三和建設では、「決裁基準に関する方針」を明文化した上で、従業員たちに権限委譲を行なっているそうです。これは、もし、権限を不明確にしておくと、部下が行った判断を、後から上司が「勝手なことをするな」と批判することが起きてしまい、部下のモチベーションや組織への信頼が下がることになるので、それを防ぐために行っているそうです。
[本文]
前回に引き続き、今回も、三和建設社長の森本尚孝さんのご著書、「人に困らない経営-すごい中小建設会社の理念改革-」を読んで私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、三和建設では、社員に対する決算後の利益配分ルールについて明文化し、一定の利益が出た場合は、全社員に決算賞与が支給されるそうですが、これは、事前に利益配分ルールを定めて全社員に公表することは、社員の経営への信頼を高める方法として有効であるという、森本さんの考えによるものであるということについて説明しました。
これに続いて、森本さんは、決裁基準の明確化の大切さについて述べておられます。「明確な権限基準がないまま、よかれと思って権限を行使した結果、後から『勝手なことをするな』などと怒られるようなことが続いたら、誰しも主体的に何かを判断し、行動を起こしたりしようとは思わなくなるだろう。前述したように、組織のメンバーが仕事へのモチベーションと組織への信頼を失う典型例が、後出しジャンケンである。また、決裁ルールがないために、いちいちお伺いを立てなければならないとしたら、むしろ、機動的な事業推進の妨げとなってしまう。
そこで、三和建設では、どういう決裁に関して、誰が権限(すなわち責任)を持っているかを明らかにしている。平常時のことや、反復性のあることはなるべく『権限を委譲し』、任せようという考えによるものである。この点も、コーポレートスタンダードの『決裁基準に関する方針』の中で共有してある。例えば、見積価格の値決めは、金額がどんなに大きなものであっても、本店長の専権事項であることが、会社から保証されている。どのような案件においても、本店長は社長に対して、事前にお伺いを立てる義務はない」
この森本さんのご説明はほとんどの方がご理解されると思います。ところが、これまで私がお会いしてきた中小企業経営者の方の中には、「うちの部下は、なかなか、自律的に行動しない」という不満をもちながら、値決めなどの意思決定は、すべて自分が決めないと気がすまないという方もいました。当然のことですが、このような経営者の下で働く部下たちは、自律的に活動する能力がないのではなく、経営者が権限を与えていないので、自律的な活動ができない状態にあるわけです。
したがって、そのような経営者は、部下が自律的に行動しないという不満を持ちながら、その不満の原因は自分自身がつくっているという、マッチポンプのようなことをしているわけです。このようなことは、冷静に考えれば分かることなのですが、意外と気づいていない経営者の方は多いようです。また、これとは逆に、職務権限規定を整えた上で、実際に部下たちに権限委譲をしようとしても、部下たちは、なかなか、自ら判断をしようとしないという悩みを持っている経営者の方もいるようです。
このようになってしまう原因のひとつは、その会社で社長一人に権限が集中していた期間が長かったため、権限規定を定めただけでは、直ちに、部下たちが裁量権限を活かして活動しようという状況にはならないという面があります。では、どうすれば、裁量権限を活かそうとするようになるかというと、収益に関する責任も持たせ、その成果に応じて賞与を受け取るというようなインセンティブも必要になります。
もちろん、それが奏功するようになるまでには、ある程度の期間を要しますので、そ部下たちの自律的な行動ができるようにするための継続的な働きかけを行うことも、経営者に求められています。いずれにしても、事業活動が組織的に行われるようにするためには、まず、権限委譲が行われなければなりません。ただ、それは、単に、形式的に権限委譲をしただけでは機能しないので、部下たちの能力を高めたり、モラールを高めたりという経営者からの継続的な働きかけが欠かせません。
2024/2/1 No.2605