アスリート学生のためのマルチキャリア教育
明治大学のサッカー部の選手たちに話す機会があります。昔ならば、「文武両道」という言葉を引いて、運動競技だけでなく、大学での勉強も大事にしよう! と説くところであるが、
いま、ぼくは「インター・パーソナル・ダイバーシティ」という言葉を引きあいにだして、自分の中に眠っているかもしれない潜在的な可能性(自分の知らない自分たち)を発見し、開発しようと呼びかけます。
「インター・パーソナル・ダイバーシティ」とは、一言でいえば、「ひとり多様性」です。どのようにそれを発見するのか?
そうした発見の場として最適なのが大学の教室なのです。「文武両道」という建前のために、卒業単位のために、仕方なく授業にでるのではなく、自分の中の多様な可能性を発見・開発するために授業に出ていく。
たとえば、スポーツのビジネス的要素を扱う「スポーツマネージメント」。たとえプロ選手になっても、寿命は短い。第二の人生を見据えて、スポーツ経営を学ぶ。プロ選手にならない学生ならば、たとえば、サッカースクールの経営とか、サッカーチームの球団経営とかの基礎を学ぶ。
たとえば、スポーツ選手のメンタル面を扱う「スポーツ心理学」。ただ競技の技術を鍛えるだけでは、試合に勝てない。メンタルタフネスのメカニズムを学んで、自分の競技生活にフィードバックできたら最高だ。あるいは、将来コーチになるために必須の基礎知識を学び、応用技術を磨く。
たとえば、「スポーツ人類学」。よく言われるように、アメリカの「ベースボール」と日本の「野球」は、似て非なるスポーツだ。その地域の文化がどのようにスポーツ競技に反映されているのか。逆にいえば、地域の文化をどのようにスポーツ(チーム)に取り入れてゆき、それによって地域の住民にとってなくてはならないチームとなっていくのか。そうした文化としてのスポーツを学ぶ。
たとえば、「スポーツ科学」。最近は、アスリートが体にGPSの器具をつけて、あとでデータを取り出し分析して、個々の課題や特徴を発見する機会が多くなった。スポーツとデータサイエンス(統計学)の親和性は高く、これを日々の練習に活かしたい。個人練習のめやすをたてやすく、必要な部分を鍛えるのに役立つ。
たとえば、「スポーツ栄養学」。毎日食べる食事によって、私たちの体は作られている。どのようなものを、どのくらい食べるといいのか。アスリートは普通の人以上に、「食生活」に対して意識が高くなければいけない。なぜならば、体を中(内臓)から鍛えることも大切だからだ。
たとえば、「スポーツ・メディア(ネット)学」。すでにこういう学問があるかどうか、わからない。「スポーツ・ジャーナリズム」は、これまでに、スポーツが人々に感動を与えるすばらしい媒体であることを前提にしてきた。だが、近年、スポーツに関するニュースは、新聞やテレビなどのマスメディアから、ネットへと移行しつつある。それによって、スポーツをめぐるスキャンダルが明らかになってきている。監督やコーチによるパラハラ問題が容易に告発できるようになったからだ。ネットとスポーツのかかわりをどう捉えたらいいのか。
今後、学生アスリートたちがこうした学問の、興味あるいくつかを学ぶことが大切になってきます。アスリートたちが興味のある学問から自分の知らない世界を深堀していって、自分のそれまで知らなかったさまざまな能力(マルチタレント)を発見し、開発することができるからです。それがぼくの考える「アスリート学生のためのマルチキャリア教育」です。
最後に、ぼくの好きなトルコの小説家(ノーベル賞受賞作家)のオルハン・パムクの言葉を引きます。「わたしにとって作家であることは、人間の中に第二の人格を、忍耐強く何年もかかって発見することです」(「父のトランク」より)
若いアスリートたちもまた、第二の人格を発見して、より豊かな人生を歩んでいってほしい、とねがっています。
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