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かつての名品はどこへ行ってしまったのか?
妻が少し前に、数十万円相当のイタリア製高級ブランドバッグを贈られた。
しかし、不思議なことに、一目見ても数万円程度の日本製バッグよりも素材や仕上げが劣っているように見えた。
「これ、本当に高級ブランドなのか?」という疑念が湧き上がり、バッグをじっくり観察していた。
贈ってくれた人に失礼になりそうで直接聞くのも難しく、妻は私にも相談してきた。
そこで、自分で調べてみることにした。
少し調べてみると、「高級ブランド」とされる商品がなぜこんなにも粗雑な印象を与えるのか、その理由が分かった。
ディオール(Dior)をはじめとするブランドバッグの製造原価に関する議論は、過去20年ほど前から存在していた。
例えば、約30~40万円で販売されているバッグの実際の製造原価は、わずか8千円程度だという主張がSNSを通じて広まっていた。さらに、フィナンシャル・タイムズはこの件に関する特集記事まで掲載していた。
https://www.ft.com/content/0ac15868-69ac-4e37-bbef-e3c5d40e8f55
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あるアナリストは、革のコストが約130ドル、労働費と副資材が約120ドル、合計でおよそ250ドルかかると分析していた。
しかし、実際に店舗で販売される価格は2,500ドル(約40万円)にもなるため、その価格差に驚愕した。
さらに、他の高級ブランドも同様に、原価と販売価格の差が10倍以上になるという話を聞き、ますます興味を持つようになった。
Kering(グッチ、サンローラン、ボッテガ・ヴェネタ、バレンシアガなど)、 LVMH(ルイ・ヴィトン、ディオール、シャネルなど)、Prada(プラダ)、Giorgio Armani(ジョルジオ・アルマーニ) などの主要高級ブランドに対し、この問題について質問を投げかけたが、どのブランドからも回答を得ることはできなかったという。
特にプラダは、明確に回答を拒否したとのことだ。
さらに衝撃的だったのは、「Made in Italy」と宣伝されている多くの高級ブランド品の製造を担っているのが、中国人移民労働者であるという事実だった。
確かに、工場自体はイタリア国内にあるが、実際の労働者は低賃金で過酷な労働を強いられている中国人だという。
そのため、一部の人々の間では、「これが本当に本物のイタリア製高級ブランドなのか?」という不信感が広がっていた。
消費者はこのような話を聞くと、自然と裏切られたような気持ちになるものだ。
話はコロナ禍の時期まで遡る。
当時、中国は国際外交の一環として(いわゆる「一帯一路」戦略の一環として)、イタリアがパンデミックに見舞われた際に医療機器や医療チームを派遣するなど、友好関係を強化するための支援を行っていた。
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ところが、その後、中国製マスクの不良品問題が発覚した。
中国がイタリアに有償提供したマスクの約半数、すなわち2億5千万枚ほどが不良品であることが判明したのだ。
この影響で、イタリアの医療従事者の多くが診療中にコロナに感染する事態となった。
警察の発表によると、認証等級が記載されていたものの、実際のフィルター性能は基準の10分の1にも満たなかったという。しかも、一部のマスクに関しては、認証自体が偽造されていたことも明らかになった。
中国資本は以前からイタリアの「プラート」や「ミラノ」に進出し、大規模な中国人コミュニティを形成していた。こうした地域では、中国資本の工場が建設され、中国人労働者を雇用することでイタリア人の雇用機会を奪い、反感を買っていた。
プラート(Prato)は、フィレンツェから16kmほど離れた歴史ある繊維産業の都市で、現在は5万人以上の中国人が居住している。
この地区には、約6,000の中国資本のアパレル工場が集中しており、中国から輸入した生地を使って「Made in Italy」のラベルを付けた製品を生産している。
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アルマーニ、グッチ、プラダといったイタリアの高級ブランドの製品も、実はこうした中国人経営の工場で作られているのだ。
プラートの中国人経営の工場の最大の強みは、圧倒的なコストの安さだ。
一般的なイタリア人を雇用する工場と比べ、約5分の1のコストで衣類を生産できるため、強い競争力を維持している。
プラートの中国人コミュニティは、1980年代半ばに中国の浙江省から約200人が渡ってきたのをきっかけに、家族や親族を呼び寄せて定着し、現在の規模にまで拡大した。
これはアパレル業界だけの話ではない。
マテーラ地域のイタリア製ソファ工場やミラノの革製品工場も、長らく中国人によって運営されている。
不法滞在の中国人労働者に至っては、非衛生的で劣悪な環境の中、休みなく1日14時間、時給2ユーロ(約300円)程度で働いているという。
こうして、イタリアブランドの高級品が、熟練したイタリア人労働者の手だけで作られているわけではないことが明らかになった。
中国人たちはこうして得た資金で、中華料理店や宿泊施設などを買い取り、ミラノではACミランなどのサッカークラブまでも買収している。
中国企業はイタリアのファッション業界を次々と買収しており、EU圏内ではピレリ(イタリアのタイヤメーカー)の株式の60%も取得した。
ピレリはフェラーリ、ベントレー、BMWなどにタイヤを供給する高級タイヤメーカーである。
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このように、中国の労働力と資本がイタリアの高級ブランド市場全体に深く浸透したことで、中国によるイタリア経済の支配が加速し、それとともに中国への反感や極右勢力の台頭を後押しする要因にもなった。
結局、この議論は単に「原価に対して販売価格が高すぎる」という問題だけでは終わらない。
労働搾取の疑惑や国家間の利害関係、そして消費者が信じてきた「高級ブランドの価値」そのものを再考する問題へと発展している。
そもそも、高級ブランドが語る「価値」とは、希少性、歴史、芸術的デザイン、そしてブランドイメージが融合した無形資産だ。
そのため、数十万円という価格タグを目にすると、多くの人々は「これほどの価値があるに違いない」と期待を抱くのである。
しかし、数千円程度で仕入れた革を用い、人件費も抑えて製造した商品が20万~30万円を超える価格で売られているとすれば、「私はブランドのロゴと幻想を買っているだけなのではないか?」という疑問を抱くのも当然だろう。
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もちろん、高級ブランドを好む人々は、これからも優れたデザインや限定モデルの希少性を求め、数十万円をいとわず支払うだろう。
しかし、今後は私の妻のように品質を重視し、「なぜこれほど高額なのか? そのプロセスは正当なのか?」と問いかける消費者がますます増えていくはずだ。
ブランド価値は消費者の信頼に支えられており、その信頼は透明性と誠実さによって築かれる。
妻がこの記事を読んでイタリアの高級ブランドに対する理解を深めてくれればと思う。一方で、残念ながら妻の受け取ったバッグが偽物である可能性も、完全には否定できない。