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お土産 狂想曲
会社勤めだった20代後半、会社関係の研究会に参加していた。
ほぼ強制だった上に自腹で、月に一度仕事の後に講義を受けることになり、参加が決まった時はちょっぴりブルーだった。
ところがこの講義、受けてみると面白かった。
これがどう仕事に活かされるのかわからないような不思議な話ばかりだったのだ。
京都からはるばる講義のために来てくれる先生はどことなく食えない感じで、都のキツネってオーラを纏っていた。
「私は山を一眼見るだけで、そこでとれるお茶の味がわかる。」
などといった余談がまた興味深い。お茶の味に詳しいだけあって、全国津々浦々の銘菓についても詳しいのだ。
興味津々でキツネ先生の講義を受けながら「この先生にお茶を入れるだとか、御菓子を差し出すのは気が重いな。」と他人事のように考えた。
ところがある日、研究会の用事で私は上司と京都のキツネ先生のところへ行くことになった。といっても私はただの鞄持ちだ。
この上司、父親と1つ違いの年齢なのだが、こっちはタヌキって感じ。味方なんだか敵なんだかよくわからないし、暇なんだか忙しいんだかわからない。
行くことを告げられたのは前日だったが、出発するや否や私はお土産のことが気になってたまらなかった。京の都のしかも銘菓とお茶に詳しいことを講義で延々アピールしてくるキツネ先生のところに我々はいったい何を持って行くのだろう?
尋ねてみるとタヌキ上司は用意していなかった。平気な顔で
「まぁまぁ心配するな。」
と言ってくる。
もう高速に乗ってる。京都に着いてから買うなんておかしすぎる。どうするんだろう?私はますます心配になった。
マジかよ!タヌキ上司はサービスエリアで土産を物色し始めた。
まずザ・サービスエリアな御菓子を一つ手に取り、もうちょっとなんかないかなーとあたりを見まわし、手に取ったのは牛乳!!大きなビンの牛乳!!
私の頭は真っ白になった。どうして今日の鞄持ちは私だったのだろう?嫌すぎる。
タヌキ上司は平気だった。
京都の事務所に着くと、キツネ先生とタヌキ上司は大人同士の挨拶をした。
場も温まったところ、タヌキが動いた。
「先生つまらんもんですけどこれほんの気持ちで。」
「いやいやどうぞお気遣いなく。」キツネ先生は素早く驚くような一品でないことを判定した。
タヌキ上司はキツネ先生に上手につかませて、キツネ先生も大人らしく受け取った。
それを見届けてさらにタヌキ上司は動いた。
「先生、あとこれ。何かわかりますかね。」
キツネ「…。牛乳ですか?」
タヌキ「昔先生といった場所の牛乳ですよ。思い出の牛乳。楽しかったですねえ!」
キツネ「ああ!あの高原の牛乳でしたかー!覚えてます覚えてます。こんなけっこうなもんいただけませんよ。どうぞ持って帰ってタヌキさん召し上がって下さい。」
キツネ先生がなんとか京都っぽく抵抗を見せるものの絶好調のタヌキ上司が
「何おっしゃいます。思い出の牛乳ですよー。思い出。持って帰ったら意味がない。」と上手に持たせちゃった。
ちなみにこの攻防が面白すぎて何しにいったか私は仕事内容を一切覚えていない。
ただキツネ先生が書いた本を見せてくれて面白がっていたら、私が自腹で買うことになったことは覚えている。専門書だったので高かった。タヌキ上司も薦められたけど「俺は持ってるから君は買うように。」
タヌキとキツネの化かしあいの見物料は高かった。