テンプテッド/スクイーズ Tempted / The Sqeeze
焼肉店でバイトをしていたある日、故郷の広告代理店に勤めるS藤先輩から電話がかかってきた。
「俺君、音響の学校は卒業したんでしょ?」
「はい」
「田舎に帰ってきて音響の仕事する気ない?東京に本社があるんだけど、こっちに支社があってさ、人手が足りなくて困ってる会社があるんだ。よかったら東京本社に1〜2年勤めて、ゆくゆくはこっちに帰ってくるっていうのはどう?」
悪くない話だった。
F原さんと一緒に楽しく暮らしていたのでどうかとも思ったが、
相談してみたらF原さんはそろそろ故郷に帰ろうと思っていたところだという。
たぶん東京では結婚や子育てなどは難しそうと言った。
俺も今の生活やバンドが楽しくて、後ろ髪を引かれる思いもあるにはあったが、将来のことを考えたらそろそろF原さんとのことも真剣に考える必要があった。
「よし、じゃあこの機会に故郷に帰ることを考えるか」
早速S藤先輩に返事をして後日紹介してもらった音響会社の東京本社に勤めることになった。
出社初日からPAの仕事があり、とある森林公園の野外音楽ステージに直接来てくれという。
行きの電車の中、ドキドキしながらウオークマンでスクイーズのイーストサイド・ストーリーを聴いていた。
ひねくれたメロディと演奏がなんだか自分の性格と同じような気がして放っておけない音なのだ。
一度ではわからないが何回か聴くと良さがわかってくるスルメ音楽。
新しい職場に向かうので緊張して、道中すごく長く感じて、いつまで経っても現地に着かない感じがした。
駅についてからも会場が見つからず、えらく長い事歩いた気がする。
会場に着くとそこは野外ステージで、本田美奈子、松本伊代などアイドル数人の野外コンサートが行われることになっていた。
この間まで焼肉店に勤めていたのにいきなり芸能界に関わった感じがして、ちょっと混乱した。
何の仕事をしたか全く覚えていないが、教えてもらってとにかくケーブルを巻きまくった記憶がある。
会場に社長がいて、この会社はアイドルのコンサートと演歌のコンサートの仕事が多いんだよと教えてくれた。
アイドルか、悪くないなと思ったが、上司や先輩たちが競ってアイドルの仕事を取ってしまうので、演歌の仕事ばかりに行かされる羽目になった。
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