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ディア・プルーデンス/スージー&バンシーズ Dear Prudence / Siouxsie and the Banshees

駅前のレコード店に入り浸っている常連さんの中にF守さんという人がいた。30代半ばぐらいだったかな。
JALだかANAの職員で具体的に何の仕事をしているのか聴いたことはないが、とにかく毎日羽田へ通勤しているのだった。
ある日、レコード店で恒例の視聴をさせてもらっているときに(ニック・ロウの新譜「ショウマンの悲劇」)店に入ってきた。
一聴して「この音はF-Beat系の音だね」とレーベル名を言い当てた。
お店の長兄は以前「F守くんはズルいよね。あの歳で何でも知ってるから。」というようなことを言っていたのを思い出した。
「ええ?この長兄さんがそんなこと言うほどこの人はいろいろ知ってるんだ」とちょっと尊敬のまなざしで見ていると、
「時間あるならちょっとお茶でも飲みに行こうよ」と誘われた。

近くのコーヒーが美味しいと評判の店に入ってF守さんはコーヒーを注文した。俺は当時コーヒーは飲まなかったのでミルクティを頼んだ。
「ミルクティは最初にミルクを入れるべきか、後からミルクを入れるべきか?イギリス人はもう何百年も前からずっと議論していて未だに結論が出てないんだよ」
「へえ、そうなんですね」

多少英国かぶれの俺だったが、こだわって紅茶を飲んでいたわけではなかったので、この紅茶のエピソードはかなり面白かった。

「ミルクティが一番似合うバンドはたぶんザ・キンクスだ」とF守さん。
「あ、キンクスは大好きです」
「おお、キンクス聴いてるのか、それは偉いね」

何を褒められたのかよく分からないが、ちょうどSMSから復刻シリーズが出た後だったのでパイ時代のザ・キンクスは全部聴いてた。

「ユー・リアリー・ガット・ミーとかオール・オブ・ザ・ナイトとか?」
F守さんはザ・キンクスの中でもロッキンなナンバーを挙げて質問してきた。
「そういうのもいいですけど、自分はサムシングエルスが一番好きです。」
「おお、サムシングエルスの良さが分かるのか、偉いね」

また褒められた。

「ウオータールー・サンセットとかいいよね」
「そうですね。デビッド・ワッツなんかも好きです」
「そうだよね、ザ・ジャムがカバーしてるもんね。ザ・キンクスもちょっとモッズっぽいところあるから。まああんまり黒っぽくはないんだけどね」

黒っぽいの意味が良く分からなかったけど、相槌を打った。

「黒っぽいのはスペンサー・デイビス・グループやスモール・フェイセズとかアニマルズとかゼムかな。」
ふむふむ、忘れないように覚えておかないと。
ひとしきり60年代ビートグループのモッズと黒っぽいことについてレクチャーを受けたが、どうやらF守さんは俺のことを気に入ってくれたみたいだった。

「そういえばF守さんは羽田にお勤めでしたっけ?」
「そうそう、だからよくイギリスには行くよ」
当時はイギリスによく行く人なんて自分の周りには一人もいなかったので尊敬の眼差しで見ていると、
「このまえ、空港のロビーにタイガー・ジェットシンが来てさ。普段からサーベル持って振り回してるんだぜ。おっかないよ」と笑いながら話した。
この人もプロレスファンなんだ。
「今度イギリスに行ったら何か買ってきてあげるよ」そう言ってF守さんと別れた。
お茶はご馳走してくれた。

後日、レコード店で「俺君宛の荷物を預かってるよ、F守君から」と言われ、レコードが入っているであろうサイズのビニール袋を受け取った。
開けてみると、プ~ンと輸入盤独特の、それもイギリス盤特有の少しカビ臭い匂いがして、中からピンク色のジャケットの12インチシングルが出てきた。
そこにメモがクリップで留めてあって、
「今イギリスで一番売れているのはコレだよ」と書いてあった。
スージー&ザ・バンシーズ「ディア・プルーデンス」

うおおおおおおおおおおおおっ!
イギリスの空気も一緒に運んできてくれたような気がした。

リバーブの効いたスネアの音に続いてサイケデリックなギターが絡み、ザ・ビートルズのアコースティックで清らかなバージョンとは一味もふた味も違うダークなプルーデンスがそこにいた。

まるでイギリスのどんよりした空の下にいるようだと思った。



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