Ghost in the Exec Suit:心の中に敵がいる
リーダーとして自己理解を深め、仕事やチームとの向き合い方を変えたい。でも、実際に変えようとしてもなかなかうまくいかない。そんな悩みを抱えている人は多いのではないでしょうか。
たとえば、「仕事を抱え込みすぎる癖をやめたい」「問題が起きたときに感情を抑えたい」「プライベートでの浪費や深酒を減らしたい」など。やめる必要があると分かっていても、なぜかやめられない――。これは、単に意志力や努力の不足だけが原因ではないのです。人が辞めたくてもやめられないことを、学術的に分析したハーバードの研究を紹介します。
こういった、やめられない問題に対し、「Immunity to Change(変化への免疫、ITC)」という概念を提唱したのが、ハーバード教育大学院のロバート・キーガン教授とリサ・ラスコウ・レイヒー講師です。
ITCでは、私たちが「変わりたい」と努力しているのに変われない理由は無意識の深層心理に隠れた「別の目標」や「競合する思い」があるからだと説明します。つまり、片足でブレーキを踏みながら、もう片方の足でアクセルを踏みっぱなしにしている状態だというのです。
たとえば、有能だが職場で問題が起きたときに感情的になってしまうという問題を抱えた上司を思い浮かべてみてください。彼女は「感情をコントロールしたい」と考えていますが、日常のストレスの中でうまくいかず、つい不機嫌になってしまいます。優秀な彼女にとって、不機嫌な態度をとることは、評価を下げる行動だと分かっているはず(アメリカでは部下に対する態度なども昇進に強く関わることが一般的です)。それでもやめられないのはなぜでしょうか?
実は、この彼女の深層心理には「高い基準を持ち、全力で努力することが正しい」という信念が隠れています。この信念自体は一見ポジティブですが、その裏には「努力を怠れば信頼を失う」という恐怖が潜んでいます。その結果、過剰なストレスを抱え、不機嫌を抑える余裕がなくなっていたのです。
つまり彼女は、「不機嫌になるのはやめなくては」と思いながらも、心の中では「感情をコントロールする余裕がなくなるほど自分をすり減らし全力で仕事に打ち込むことが誠実である」という信念を持っており、結局のところ感情コントロールのために構造的な解決策の検討をできていなかったことになります。この状態を著者らは「片足でブレーキを踏みながら、もう片方の足でアクセルを踏んでいる」と呼んでいます。
あなたも、こうした「変わりたいのに変われない」という課題を抱えたことがあるかもしれません。その理由を探るためのステップを、ITCでは以下のように進めます。
まず自分がなかなか達成できずにいる「冷静でいたい」「他人にもっと頼りたい」といった明確な目標を立てます。そして、ついつい自分がやってしまう、その目標に反する行動を特定します。たとえば、「ストレスを感じたときに怒りを爆発させる」「重要なタスクを抱え込みすぎる」などです。
ここまでで、目標と、反行動を、明確に正しく特定することが重要です。
次に、その行動をやめられない、変われない理由を掘り下げます。無意識の中で守りたいと思っている、目標と相反する信念や目標が何なのかを探るのです(このプロセスは勿論難しく、一朝一夕ではできません。詳細はのちに紹介している資料でご覧ください)。そして最後に、「その反行動をやめた場合に何が起きるか」と恐れている無意識の仮定(ビッグ・アサンプション)を特定します。たとえば先ほどの感情的な上司の例だと「冷静でいるためにストレスを減らす生活を心掛けることは、仕事の質に妥協することになる」「仕事を手放すと評価が下がる」などです。
こうして自分が無意識に抱えている「隠れた目標」を明らかにし、アクセルとブレーキを両方踏んでいる状態から抜け出すことができます。
私が大学院で受けたリーダーシップ論の授業でも、このITCを活用したプロセスが取り入れられていました。授業では、自分の妨害行動や隠れた目標を整理するワークを行い、それをリーダーとしての行動改善につなげていきました。
そこで「隠れた目標」を明らかにするうえで有用な考え方の一つとして紹介されていたのが、「Ghost in the Executive Suite(エグゼクティブスイートの幽霊)」という考え方です。これはユング心理学に基づき、自分のリーダーシップに影響を与えている「ゴースト」を探るものです。たとえば、過去の経験や子供時代に由来する心理的影響が現在の行動にどうつながっているのかを掘り下げます。
この作業では、まず自分の妨害行動や隠れた目標を整理し、その後で自分の「ゴースト」についてグループで話し合いました。「なぜこの行動をやめられないのか」「やめたら何が起きると思っているのか」を分析し、最終的に無意識の仮定を明らかにするのです。
こうしたプロセスを通じて、自分がやめられない理由に気づき、それを手放す道筋が見えてきます。まずは小さな一歩を踏み出し、自分の中に隠れている「踏みっぱなしのアクセル」を見つけてみませんか?それが、変わるための第一歩になるはずです。
もし自分の「変化への免疫」を解き明かしてみたいなら、以下の資料を参考にしてみてください。
ITCについて解説したハーバード大学院の記事はこちら:
一方で以下はキーガン教授、レイヒー講師による著作です。日本語版もあり、事例も豊富に説明してあってわかりやすいので、興味のある人にはこちらをお勧めします。