【連載小説】肩パン(3話)
今日も灰色の空からポツポツと雨が降り続いてる。
あんなにも一人で悩み苦しんだのにも関わらずこんなにもあっさり採用通知をもらって良いものだろうか。
「馬場さん。僕この会社で良いのでしょうか」
「いんじゃないか。田辺くんはよく頑張ったんじゃないかな」
ハロワークで採用の連絡を馬場さんに伝えるとこれまたあっさりしてものだった。
馬場さんのその笑顔は善意によるだったのだろうか。履歴書の志望動機を必死に書いたり、寝坊したものの会社から質問される内容を考えなくたって本当は採用されていたのではないのだろうか。僕だから採用したと思いたかったけど、実のところ働いてくれるなら誰でもよかったんじゃないだろうかという疑念を払うことができなかった。
しかし僕が日雇いとして日銭を稼いでいる間にスーツを着て正社員で働いている人、大学生として青春を謳歌している人を見ているとコンプレックスが膨れている。体の中に毒素が溜まっている感覚があり体のどこかを針で刺したら気味の悪いヘドロのようなコンプレックスが床に溢れそうであった。そして青井さんから言われた福利厚生のこともよくわからず、早く逃げてしまいたかった。
僕は会社に入社するかの返事を少し待ってもらっている。心の整理がついていないのだ。
青井さんにこの会社で良いの相談したかったけど青井さんはしばらく日雇いの現場を休んでいた。ただあいかわらずなにも考えていない僕は休憩中に山田さんに1社採用されたことを伝えてしまった。
「おめでとう。田辺。これでお前も湯でカエルにならずに済むな」
「僕、この会社で良いのかまだ悩んでるんです」
「せっかく採用をもらったのに贅沢な悩みだな。なんで悩んでんだよ」
「なんか1社目の面接で決まってしまいましたし、他の会社も見た方がいいんじゃないかなって」
「知らないけど、会社なんてどこも同じなんじゃないの。あんまり入社の返事遅いと採用取り消しなちゃうかもな」
「…」
「お前なんでその会社にしたの」
「…ハローワークの相談員の人に紹介されたんです」
「なるほどな。それで会社の面接のときにも聞かれただろ。どうして数ある会社からウチの会社を選んだんですかって」
「貴社の企業理念に惹かれて…僕も清掃の会社で一番に…なりたいって」
「そっか…」
山田さんはタバコに火をつけて悲しそうに遠くを見つめていた。
「俺は何も言えないな。それ本当ならその会社に入社したらいんじゃかな」
僕は別に嘘をついているわけではなかった。僕は周りも見返してやりたいと心のどこかでいつも思っていることに会社の志望動機を書いているときに気づいた。清掃員と1番になることやお金を稼ぎブランド品を見せびらかしたいこと思っていた。僕は頭を下げることの大切さや読書や勉強することの重要性をいつのまにか忘れていた。
その日の午後の現場で事件は起きた。
今回の現場ではメジャーで距離を測定する必要があった。そのため同じ派遣の人と二人一組でメジャーを持って仕事をしていた。僕がメジャーを引っ張って測ろうとするとなぜかそのメジャーが壊れて動かなくなってしまった。その結果、僕と顔も知らない派遣の人は二人で社員の人から罵声を浴びせられて怒られた。僕は凹み、意気消沈のまま現場の戻ろうしたらもう一人の派遣人に肩を殴られた。
僕は驚いて声を上げることができなかった。痛みよりもなぜ殴られたのか理解できなかった。
「オマエがちゃんと持ってないからメジャーが壊れたんだろうが」
「僕はただメジャーを引っ張っていただけです。そしたら壊れてしまっただけで」
「言い訳はいんだよ。あとお前なんかムカつくんだよ」
そう言われてもう一発殴られた。僕も我慢ができなくなり殴り返そうとしたが遠くから現場を仕切る社員が走ってきた。その人を注意するのかと思ったら僕の場所移動の変更を伝えただけで僕の肩を殴った派遣は現場を仕切る社員に醜く媚びを売りお咎めはなかった。
仕事が終わり家に着くと怒りで気が狂いそうになった。仕事でミスをした失敗は僕も悪いと思う。だがあの顔も知らない派遣の人に一緒に僕は殴られなければいけなかったのだろうか。殴った男の顔はどこかいつもヘラヘラしていた。あの人の顔を思い出すとコンプレックスが体中に充満した気がした。なぜ僕がこんな目に遭わなくては言えないのだ。それは僕がアイツらと一緒に働いているからだ。この場所から抜け出さなくてはいけない。右手で拳を握り締めており、なにか殴りたくなった。僕は採用の連絡をくれた会社に電話をした。
「あぁ..田辺くん。連絡くれたのね」
「ぜひ働かせてください。よろしくお願いします」
「あら..本当。嬉しいわ。新しく若い人が入社してくれるなんて。入社準備しておくからまたこっちから連絡するね」
「ありがとうございます」
舐めるなよ。
僕は清掃の会社で働くことにした。日雇いをこれ以上続けるのはごめんだ。僕が嫌いだった奴ら全員綺麗にしてやる。そして汚い奴等の居場所を奪い取ってやる。コンプレックをバネに飛躍するんだ。絶対にやってやる。俺は誰よりもやるんだ。それで誰よりも綺麗になってやる。絶対だ。絶対。一番になってやる。
右肩の痣は赤く腫れ上がり僕のコンプレックスが集約されてる。この頃の田辺は足元に落ちている幸せに気づくことができなかった。
灰色のだった雲は黒くなり大雨が降り続いていた。
続く
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