生まれる命、老いゆく命
産まれたばかりの甥っ子に会ってきた。
まだ首が座らない柔らかい泣き声。すぐ伸びる爪。全てが愛おしく、赤ちゃんをまた抱っこできる幸せをかみしめた。
家族が揃う席、父と私と兄弟だけのタイミングがあり、ふと遺言について父が話す。
新たに誕生した命もあれば、同時並行で老いゆく命があるのもまた現実なのだ。
そもそも父が先に死ぬかもわからない。順番やタイミングは事前にわかることは多くない。
だけど可能性の話をしており、可能性がある以上、考えなければならないのだ。
それは自分でも同じであり、ただ、深く具体的に考えるには想像するのが重い話ではあるから、つい向き合うことから避けてしまう。
子供たちがすくすく成長するのが不可逆なのと同じく、それを未来永劫見守ることもまた不可能で、親を見送り、子離れし、独りになることもあるかもしれない。
孤独な世界は怖い。一緒に生きてきた同志たちを失ってなお、生きる世界は想像がつかないし、愛する人たちを孤独な目にも合わせたくない。
だがそれは選択の自由はないのが、ヒトとして生きることになるのかもしれない。
新たな命の誕生を祝い、撮った家族写真を見て、父も老けたなと思うなどして、
遺言の話に思わず動揺して、どういう心持ちが正解だったんだろうと考える。
そしてこの手の話はプライベートが過ぎて、とても人と共有して共感できるものではないのだという孤独感。
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とりあえずよく寝て運動して健康診断受けて、そして自分の稼ぎで生きていけるようにスキルを磨こうかと思う。
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