愛がなんだ
映画『愛がなんだ』の後半、テルちゃんの家に来たマモちゃんの喋り方が、彼とそっくりで泣きながら笑ってしまった。
ずるい男の人の喋り方だ。相手が自分のことを好きなのを知っているからこその余裕、それを含んだ喋り方だ。
テルちゃんのマモちゃんへの想いは私の彼への想いと似ている。
どれだけ相手への思いが深くなろうがそれは愛ではない。
結局、自分のことより相手のことが大事に思えていないからだ。
私は「愛してる」と人に言ったことがない。
彼と付き合っていた時も、「好き」という言葉でさえあまり口にしていなかった気がする。
漫画でも、ドラマでもみんな軽々しく口にしているのを見るたびに自分が空っぽな人間なのかなあと思ってしまう。
愛ってなんなんだろう。
メンヘラになるのは幼児期の愛情不足が原因とも言えるらしい。
しかし私は側から見たら「裕福な家庭でぬくぬく育ったお嬢様」にしか見られていないと思う。
それなりにバイトや自炊もし、節制もしては居るものの、学費も家賃も親持ちで、おまけに仕送りとほぼ自由に使えるクレカももらっている。
そのおかげでお金に困った事はないし、欲しいものだってよっぽど高価なものではない限り我慢せずにすぐに買ってしまう。
でも大学に進学したあたりから「私ってあの人たちからお金しかもらっていないのでは?」と思うようになってしまった。
昔から他の兄弟とは違い、褒められずに構われずに育ってきた。褒められたいがために勉強を頑張っても、親に迷惑をかけまいと、ずっと気を張っていい娘を演じていても、それに対しても何も触れてはくれなかった。
必要最低限の連絡はするが、親とは「友達とどこに行った」だの「バイトでこんなことがあった」だのは全く話したことはなく、ただパパ活ママ活のようにお金をもらうだけの関係。
それが嫌で独り立ちしようと努力する気も貯金もないくせに、こんな風に親に思ってしまう自分も嫌いだった。
ここ最近はもう開き直って、就職するまでの親の扶養下にいるうちは、親の金で好きなことをしてやろうと思うようになった。
好きなだけライブに行って、好きなだけ服やメイク、アクセサリー、靴、香水を買うようにもなった。
「小さいからいらないでしょ」と母親に買ってもらえなかったブラを買いに行った時に、自分がEカップだったのを初めて知った。
幼い頃から母親に似ていると言われ続けた顔が、メイクを始めてだんだんとかけ離れていくのを見て安心するようになった。
今通っている歯科矯正やエステ、全身脱毛、二重の整形の費用だってあの人たちのお金だ。
自分に自信がない原因になってしまった親の金で、自己肯定感を上げようと着飾っているのはなんとも皮肉めいてはいるなと思いつつも、それのおかげで彼に自信を持ってアタックする事ができたのだ。
お金があったからこそ、ちゃんと人に愛してもらえるようになれた。
そう思わないと恨んでしまいそうで、嫌いになってしまいそうで怖かった。
話は変わり、友達にAC(アダルトチルドレン)ではないかと言われたのは2ヶ月ほど前のこと。
趣味垢であげたフリートに反応してくれたことがきっかけだった。
その頃の私はどうしても彼への感情がコントロールできず、彼に八つ当たりをしたり、わざと嫌われるような態度を取ったり、なのに彼が離れて行こうとすると必死で引き止めるのを繰り返していた。
なぜそんなことをしてしまうのかも分からないのが余計に苦しかった。毎晩毎晩、お酒を飲まないと寝れなかった。
いつものようにひたすら酒を飲んで病んでいる中、ふと「私は、親の代わりを彼に求めていたのではないのか?」と思った。
だとしたら、こんな風に彼に執着してしまうのも、いつまでも諦め切れないのも全て合点がいく。
彼が側に居なくなった事に対する異常なまでの喪失感は、彼を親と同等、それ以上の存在だと無意識に認識してしまうようになったことが原因なのではないだろうか。
父は子供だ。機嫌がいいときは優しく、休日は色々なところへ連れて行ってくれる。側から見たらいい父親に見えているはずだ。
しかしそれとは対照的に家の中ではすぐに機嫌が悪くなるし、それを態度に出さないと気が済まない。
そうすると周りが自分を気にかけてくれるのを知っているし、そうなって当然だと思い込んでいる。
父がテレビを見ているときは一言も話してはいけない。父のすることに文句を言ってはいけない。我が家の暗黙のルールはたくさんある。
一度それを破ってしまった後、1年近く無視されたことがある。
当時はそんなに辛いと思ってはいなかったのだが、今思い返してみるとただ父親に服従していただけで、そこからさらに反抗して家から追い出されるのが怖かっただけだ。
我慢していれば優しい父に戻ってくれる、まだ愛される余地があると信じていたかった。
兄の部活の試合はどこへでも見に行くのに私の部活の発表会には来てくれない。
テストの結果を伝えても「次も頑張って」の一言だけ。
もともと頭の出来が中の上の私がどれだけ頑張ってるのかなんて、知らないくせに。
彼は父にして欲しかったことをたくさんしてくれた。
私の出るライブを見てくれるといった。
私の歌を褒めてくれた。
私の好きなことの話をたくさん聞いてくれたし覚えていてくれた。
一緒にくだらない話をしながらご飯を食べてくれた。
私のわがままを聞いてくれた。夜は抱きしめながら一緒に寝てくれた。
将来なりたい仕事を応援してくれた。
悪いことをしたら、ちゃんと私のことを理解した上で叱ってくれた。
それだけ、と言われてしまえばそれだけの出来事なのだが、無意識に彼に依存してしまうのに、私にとっては十分だった。
ついに過去から溜め込んでいたドロドロとした感情がどっと溢れ出し、親や彼へのどうしようもない感情と共に押しつぶされそうになった瞬間、彼が一緒に寝ている時に親とのことをぽつりと話していたことを思い出した。
やりたくない剣道をずっとさせられていたこと。
妹と比べられていたこと。
語尾の伸びた眠そうな、少し悲しそうな声で話していたそれとは対照的に、父親とは月一で飲みに行く、とバイト先に来た時には楽しそうに話していた。
彼は許せているのだろうか。
兄妹で差別してきた父親を、どうしたらそんな風に思えるんだろう。
実家で今も一緒に暮らしている彼は、父親とどんな気持ちで毎日顔を合わせているんだろう。
考えるより先に、彼に「家族のことで相談したいことがある」とLINEを送っていた。
「明後日にはできるよ」と思っていたよりもすぐに返事が来た。
電話の第一声は私の謝罪からだった。
ACなのではと自認してからひたすら過去のことがフラッシュバックしてしまい、そのせいか四六時中涙腺がバグってしまっていた。
案の定すぐに泣きそうになった私を「今泣かれて対応できるほど精神的に余裕がないからやめて(その頃仕事が結構忙しかったらしい)」とぶった斬ってきた彼のおかげでなんとか私は落ち着いて最後までことの顛末を説明し終わった。
「どうしたら親のことを許せるのか」という私の問いに対し、彼から返ってきた言葉は私の予想の遥か斜め上だった。
「ん〜、、、いや、全然許してない!!めっちゃ根に持っとる!!!笑」
それは拍子抜けしてしまうほどに「笑」120%の返事だった。
「みんな、りんが思っているほど大人じゃないんよ、俺だって全然子供やし」
「そういうこと調べたら気にしすぎるタイプなんやから、あんま調べ過ぎん方がええよ」
自分のことを責めることも、親のことを嫌いになることも嫌だった私のことを見透かしていたのかはわからないが、彼のその言葉が、自分で勝手に重しをつけて深く沈めていた心を軽くしてくれた。
彼はいつもこうやって私のことを知ったかぶって話してくるけど、それがいつも的を得ているから嬉しくもあり悔しくもある。本当にずるい。
彼への惚気はそこまでにして。結局、彼との電話でも親への感情に折り合いをつけることはできなかった。
東京に就職したいと話していたため、その後就活の話になった時に彼には「東京に行ってからも支援はしてもらったら?」と言われたが、どうしても「じゃあそうします」と言えなかった。
就職したらもう親とはできるだけ関わりたくない。
実家からさらに離れて、自分だけで生きれるようになりたい。
毎度のことながら重いが、彼という存在がいたから愛が本当に存在していたことに希望が持てたのかもしれない。
付き合っていたのは短い期間だったし、2人きりで過ごせたのもほんのちょっとだった。
未だに彼に遊ばれてただけだとか、体目的だったんじゃないかとか周りに言われてしまう時もあるけど。
それでも、付き合い始めた日に、彼が一緒に寝る時にベッドの端っこまで寄ってくれたり、深夜にバイト先まで迎えにきてくれた時に感じたあれは、多分彼からの愛だ。
元から優しい人だけど、これは「好き」よりも深い気持ちのある優しさだと思った。
愛がなんだとか、人によって違うだろうし正解は誰にもわからないものだけど。
私のぬいぐるみを潰して寝る彼のために大きな枕を買った。
2人分オムライスを作った時に綺麗な方を彼にあげたいと思ったり、彼との約束が増える度に「ずっと一緒にいれたら」と願っていた私のこれも、彼への愛だったらいいな。
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