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【精神科病院の不祥事・その9】症状としての「不穏」には、医学的に対応できる

【精神科病院の不祥事・その9】症状としての「不穏」には、医学的に対応できる
「サイコロジー・メンタルヘルス&日々のあれこれ」

東京都八王子市・滝山病院における暴行・虐待事件や不祥事にまつわることを、連載しています(タイトルに【精神科病院の不祥事】とつけています)。

 前回の記事では、精神障がいをもつ人は暴力的であり、それに対応し医療者が強く振舞わざるを得ない、と考えるのではなく、精神症状としての「不穏」や「脱抑制」と考えることにより、医学的に対応できるものである、としました。医学的な対応としては「薬物療法」と「環境調整」をあげましたが、治療の効果の裏側には、副次的な有害事象(俗にいう「副作用」)も考慮しなければなりません。今回は、医学的な対応としては「薬物療法」の「環境調整」と、起こりうる有害事象についてまとめたいと思います。

5.向精神薬の薬物療法による鎮静


 乱暴を承知で説明すれば、精神活動に作用する向精神薬には、神経活動を鎮静させる働きをするものと、賦活させる働きをするものとがあります。神経活動を鎮静させる薬剤(抗精神病薬や睡眠薬など)による薬物療法の工夫で、不穏や脱抑制をおさめることが可能です。

 向精神薬は、新薬の開発・発売が続いており、患者様の心身の状態に合わせ、多くの種類の中から、処方する薬物を選択していくことになります。薬剤の種類や量の差配が、治療効果を左右します。

 薬物療法による有害事象として、ここでは、投与量が多すぎることや、多すぎる種類の薬剤を重ねて投与することによって生じる「過鎮静」(鎮静させ過ぎ)について触れておきます。鎮静効果のある薬剤を多量に投与されれば、鎮静させ過ぎになるのは当然のことです。また、似たような効果の薬剤を複数重ねて投与すれば、薬物間の相互作用で、鎮静効果が増強されてしまう場合もあります。今日では、多くの向精神薬(特に抗精神病薬)で、単剤(一種類)での処方が推奨されています。

 ちなみに、不穏な患者様などに、意図的に多量多剤の薬剤を処方し、鎮静させ過ぎの状態に持ち込むことを、「化学的抑制」と呼ぶことがあります。次章で、隔離・拘束などの行動制限について触れますが、薬剤投与という“化学的手法”で患者様の行動を抑制するのです。過鎮静は精神機能だけでなく身体の基本的な機能をも抑制してしまう場合があります。嚥下の反射が鈍くなれば誤嚥から肺炎などを来す恐れが増します。呼吸抑制は死の危険に直結します。向精神薬の多剤多量投与による意図的な過鎮静は、非治療的であって避けるべきです。

6.環境調整による鎮静


 私たちは外界に働きかけ、外界からの刺激を受け自身の行動を調節する、双方向の過程に身を置いています。不穏な患者様が周囲に“攻撃的に”働きかけることで、外界からの刺激が増し、それがさらなる不穏を呼ぶという、ある種の悪循環が生じます。そのような時、薬物療法に加え、環境調整が必要・有効な場合があります。

 精神疾患からの回復には、対人交流を減らし、生活リズムを一定にすることが推奨されますが、自己対処で足りなければ、精神病床への入院などが必要になり、保護室の使用や行動制限(隔離や拘束)などの踏み込んだ対応が取られる場合もあります。

 環境調整は、その程度が強まるほどに、患者様への侵襲度が加速度的に増すので、注意が必要です。特に行動制限は、身体面への侵襲(筋力低下や褥瘡からの感染、肺塞栓のリスクが増すなど)が著しいだけでなく、患者様の人権(移動の自由)を制限するものでもあり、治療上やむを得ない場合に最低限度に限って行われるべきものです。

 一般に精神科医療機関は、行動制限最小化への取り組みを恒常的に行うことが求められており、行動制限最小化委員会の設置や研修実施による職員への周知、カンファレンスの開催などが実施されているものです。

 行動制限は、日ごろから丁寧なケアを行うことで、その実施を最小化することができますし(次回に触れます)、危険や侵襲を減らすことができます。拘束下で嘔吐し、吐しゃ物で窒息するようなケースでは、頻回にラウンドし観察することで、危険性を減らすことができます。長期間の行動制限による筋力低下や関節の拘縮(転倒の危険性につながる)、肺塞栓の防止には、拘束を定期的に短時間解除し、マッサージや運動を行うことで回避することが可能です。褥瘡予防には、定期的な体位変換や適切なスキンケアが有効です。

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 薬物療法にせよ環境調整にせよ、注意点や心得などはあるとはいえ、患者様の不穏や脱抑制とその行動化(暴力など)に対し、医学的に対応する方法はあるのです。医療者が暴力を行使する正当な理由などありません。

(つづく)

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