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【精神科病院の不祥事・その2】思い出す、患者様のこと

【精神科病院の不祥事・その2】思い出す、患者様のこと
「サイコロジー・メンタルヘルス&日々のあれこれ」

※長く勤めていた精神科病院を退職し、“街の心理士”へと華麗なる転身?を果たした「りらの中のひと」が、心理学やメンタルヘルス、日々の出来事などについて感じることを綴っています。

※対人援助の専門職は、守秘義務を負っています。記事に登場する事例は、個人の特定に至らないよう、日時や固有名詞の記載を控えるほか、事例性を損なわない程度に内容を改変しています。

 東京都八王子市・滝山病院における暴行・虐待事件や不祥事にまつわることを、連載し始めています(タイトルに【精神科病院の不祥事】とつけています)。この事件について、筆が進まないながらも考えを巡らせている間に、過去に出会った何名かの患者様が脳裏をよぎっています。今回は、そのおひとりをご紹介しつつ、事件について考えてみたいと思います。

1.スタッフがお見舞いを続けた、あゆむさん(仮名)のこと


 あゆむさんは当時、中年の男性で、統合失調症の診断で数年間、入院を続けていました。言葉による意思疎通が難しく、興奮すると、両腕を真下にふんっ!と振り下げる癖もあったため、主治医がカルテに「類人猿のような患者」と書くような患者様でした(このようなカルテ記載は、人権侵害で許されるものではないのですが、当時の時代背景がそのようなものだったので、ここはスルーしてください)。

 そんなあゆむさんも、奇跡のように退院し、奇跡のように数か月間デイケアに通ったのですが、結局再入院した後、療養病床に空床のある病院に、転院していきました。

 一般に「療養」のイメージは、ゆっくり病を癒す、というものだと思いますが、あゆむさんの病状はその真逆です。転院先でも、結局保護室から出られない日々だったようです。ただ、転院先でもしっかりケアされていたようで、安心してはいました。

 あゆむさんの転院先での様子がなぜ分かるのか。それは、ときどきあゆむさんから電話が掛かってくるからでした。保護室の患者様の、不急不要の電話の要求に対応してくれている時点で、転院先のケアの様子は信頼できるものでした。

 加えて、あゆむさんから電話が掛かってくると、デイケアの担当者(すなわち私の部下)が、手土産をもってあゆむさんの面会に出向いていたのです。面会は年に2,3度、この担当者が退職するまで続きました。いま、あゆむさんはどうしているでしょう。すでに私も退職してしまったので、知る由もありません。カルテには「類人猿」と書かれていたにもかかわらず、ひとりの患者様としての像を結ぶことができるのは、この「面会」の様子を聞いていたからだと思っています。

2.慢性精神疾患患者様は、しだいに孤立していく場合が多い


 精神疾患の患者様がひとたび入院すると、慢性の経過の中で、しばしば社会とのつながりが途切れがちとなり、身内との関係も疎遠になっていきます。入院期間が長引くほどに、患者様が孤立していくことはいうまでもなく、逆に、社会との接点が薄いことが入院のさらなる長期化を招くという、ある種の悪循環の状態となります。

 このことについて、精神保健福祉に携わる者は、家族を責める気にはなりません。そもそもほとんどの場合が、それまでに充分過ぎるくらい患者様の面倒を見ており、入院して初めて肩の荷を降ろせた、家族自身の生活を取り戻せた、というケースなのです(家族のあり様にはバリエーションがあるのですが、ほとんどの場合、家族の責任を問うという局面にはなりにくい)。

 あゆむさんの場合も、転院したことを機に、家族との関係は疎遠になっていったようです。けれども、当院のデイケアスタッフが面会を続けることで、なんとか社会との接点を保つことができていました。しかし、病院職員が他院に入院中の患者様の面会を続けることは、通常では望むことができないのです。

3.もし、あゆむさんが滝山病院に入院していたとしたら


 もし、あゆむさんが、滝山病院に入院していたとしたら、どうなっていたでしょう。どのようなケアを受けたでしょうか。紹介元病院のスタッフが面会に行くのを、受け入れたでしょうか。面会者(しかも医療者)がいる前でも、病院スタッフは入院患者様に粗暴な言動をしていたのでしょうか。

 ちなみに、記事に登場するデイケアスタッフ(私の部下だった人)は、正義感が強い一方でとても短気な人だったので、報じられているような言動を目の当りにしたら、訪問先であっても、必ずや“ひと悶着”起こしていたのではないかと想像します…。

 患者様のプライバシーを守る、世間の偏見から患者様を守る。さまざまな理由にかこつけて、精神科医療はとても閉鎖的な治療環境であり続けています。その壁の向こうで、暴力や虐待が起きているとしたら、精神科医療の風通しをよくすることが対策となるといえるでしょう。かねてより精神科医療の閉鎖性の問題は指摘されているのですが、具体的な取り組みが進まないのは残念なことです。この点については、次回以降に具体的な提言をしてみたいと思います。

(つづく)

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