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【精神科病院の不祥事・その10】薬物や行動制限に頼り切らず、不穏・攻撃性に対応する

【精神科病院の不祥事・その10】薬物や行動制限に頼り切らず、不穏・攻撃性に対応する
「サイコロジー・メンタルヘルス&日々のあれこれ」

 東京都八王子市・滝山病院における暴行・虐待事件や不祥事にまつわることを、連載しています(タイトルに【精神科病院の不祥事】とつけています)。

 直近の記事では、暴力的な患者様はいても、患者様が総じて暴力的であるわけではないこと(この点は改めて強調したいです)、暴力は、不穏や脱抑制などといった精神症状として捉え、薬物療法や環境調整などで対応できること、しかし過鎮静や安易な行動制限(隔離や拘束)の実施といった課題も存在すること、についてご説明してきました。

 多剤多量処方による過鎮静や、安易な行動制限を避けつつ、患者様の不穏や脱抑制・攻撃性に対応する工夫を、精神科医療は積み重ねています。今回は、医療スタッフが患者様の不穏や脱抑制・攻撃性にさらされやすい「精神科救急医療」のガイドライン最新版(日本精神科救急学会 2022)に基づき、「トラウマインフォームド・ケア」「共同意思決定」「包括的暴力防止プログラム」(英語の頭文字を取りCVPPP-シー・ヴィ・トリプルピーといいます)について概要をご説明します。これらを医療者が適切に身につけ実践することで、患者様による暴力と医療者による不適切な対応を、ずいぶん減らすことができると期待されます。

 精神科救急医療ガイドラインはネット上に公開されており、誰でも見ることができます(本記事はその第3章を主に参照しています。こちらにリンクを貼っておきます)。

7.患者様の暴力防止とトラウマインフォームド・ケア


 患者様の病態や症状、スタッフの反応や対応を、トラウマの観点から再検討し、治療環境や対応を再構築することを、トラウマインフォームド・ケア(トラウマに配慮したケア)といいます。具体的には、患者様や関係者のトラウマを適切にアセスメントすること、トラウマ症状に適切に対応すること、特に再トラウマを防ぐこと、安全な治療環境の構築を図ること、これらに医療機関全体で継続的に取り組むこと、などを指します。

 例をあげれば、精神症状による不適応で地域生活が困難になったことに傷つき(トラウマ)、非自発的な方法で入院させられた(再トラウマ)患者様が、スタッフの拒絶的な対応(忙しいから後にしてください!など)に反応し不穏を来している(再トラウマ)ような場合であれば、スタッフがトラウマについての理解を共有していれば、対応に幅が生まれます(単に追加の薬を飲み休みなさい、と放置するのではなく)。さらに、患者様への対応のためにスタッフがまめにラウンドしたり、「今は忙しいが、30分後には体が空くから、その時に伺っていいですか」と具体的に提示できれば、患者様の再トラウマや不穏を防ぐことができるかもしれない、と考えるのです。

8.治療に患者様の意思を反映させる(共同意思決定)


 精神科医療は概して、医療者と患者様とのパワーバランスに偏りが大きいものです(なのでトラウマの観点からの検討が大切なのですが)。患者様が医療者のパワーに対抗しようとすれば、暴力などが生まれやすくなります。

 そもそも医療は、治療者と患者様が対等な立場で、協力し合って進めるべきもので、インフォームド・チョイスやインフォームド・コンセント(いずれも英語の頭文字でICと略します)などは、その実現のために提案された考え方です。ただICは、患者様が医療者から受け身で情報をもらう、というニュアンスが残るので、最近では共同意思決定(英語の頭文字でSDMと略します)という考え方に基づく実践が勧められます。SDMは、治療方針や内容について、医療者と患者様がともに知恵を出し合い、協力して創り出していく、というものです。SDMが適切に取り組まれることにより、パワーバランスの偏りから生まれる患者様の暴力や、医療者によるパターナリスティックな対応を、減らすことができると期待されます。

 私が精神科医療に在職していた時の病院長の対応を例に示しますが、病院長は患者様に抗精神病薬を処方する時、どんなに不穏でコミュニケーションが成り立たない患者様に対しても、せめて薬ごとに飲み心地や味などを患者様に示し選んでもらう、と話していたことが思い出されます。SDMは、このような小さな対応の積み重ねによって実現するのですね。

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 少し長くなるので、包括的暴力防止プログラム(CVPPP)については、次回に回すことにします。しばらくお待ちくださいませ。

(つづく)

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