夏の想い出、恋愛未満。
就活の夏、私は東京にいた。
初めての大都会。
空に突き抜ける、
新宿の黒いビルディング群を相手に。
グレーのリクルートスーツと黒いローヒール。
武器は、私の頭の中にあるすべて。
いざ、就活ガイダンスへ。
地元ではそこそこいい成績だったが、
それくらいなら東京にうようよいる。
いかにも田舎から出てきたような小娘が
たどたどしい声でしゃべったとしても、
誰も気にも留めない。それが大都市、新宿。
ーそれでもここに来たのは、やりたいことがあったから。
本当なら終電の新幹線で帰れば間に合うのに、
わざわざビジネスホテルを予約して、
夕方、渋谷に向かった。
当時、渋谷のハチ公前周辺は、
ストリートミュージシャンたちの聖地。
ただでさえ週末は人が多いのに、
ファンが集まると歩けないほど埋め尽くされる。
そのうちの一人、
ギターを弾きながら歌うKさんと待ち合わせ。
センスの良い飲み屋に連れて行ってもらう。
……
当時東京に知り合いはいなかったものの、
オンラインの友達が何人かいた。
Kさんもそのうちの一人。
彼は私が実家にいるときも、
「話す練習をしよう」
といって、電話をかけてくれた。
だけど、昔からうまく言葉を紡げない私は、「うん」とか「はい」とかしか言えなくて、沈黙を重ねた。
「うまく話せなくてごめん」
と私が申し訳なさそうにすると、彼は小さく笑った。
「いまコーヒー入れてるから、気にしないで」
電話の向こうで、コーヒーを入れている音が聞こえてくる。
コポコポコポ、軽やかな音。
水の中をゆらゆらと、
身を任せるように過ぎていく時間。
触れない距離で、
そっと寄り添ってくれる感覚が心地よくて。
それでも沈黙になると、
「そんなんやったら東京来ても大変やん(笑)」
関西弁のツッコミが心地良かった。
やわらかくつっこむ彼の関西弁が好きだ。
たいして会話も進まないのに、あっという間に2時間も経っていた。
そんなさり気ない気配りしてくれる、6歳上の彼。
私はあまりに幼くて、気づかなかった。
言葉の隙間に見え隠れする、彼のかすかな感情に。
......
真夏、熱気で息もつけないような夜。
毎週土曜日。
彼はギターを弾きながら歌い、人々に夢を魅せる。
夢を追ってる人はなんてキラキラしてるんだろう。
忘れられない恋の歌。
ここにいるけど、遠くて、手が届かない存在。
それにどこか、ほっとしている自分がいる。
結局その夜ビジネスホテルには泊まらず、
彼のその仲間と飲んで、始発までマンガ喫茶にいた。
女の子と並んで座ろうとすると、
「待って、そこオレが座るから」
と彼が隣に座る。
イタズラそうな笑顔で。
やわらかい関西弁のイントネーションで。
ー私を私のままで受け入れてくれる、居心地のいい場所。
実は、友人に「彼を紹介して」って頼まれていた。
21歳の私から見たら27歳の男の人は、かなりの年上で、大人。対等に恋愛する対象ではないと思ってた。だからあっさり紹介した。
私より年上の友人は、儚げな美人だった。
だった、というのは、今はもうこの世にいないから。
うまく行ったら嬉しい。
けどちょっと複雑。
心地良く話せる相手がいなくなるから?
東京のお兄さん的存在をとられちゃうから?
それとも。
彼女は、
「どこにでもいる、気のいい兄ちゃんだった」
といった。
つまり彼女のタイプでは無かったわけだ。
ホッとしたのか。
残念なのか。
今でもよくわからない。
...
朝になると、彼は私と同じ方向の電車にのった。
「あれ、こっちなの?」
私が聞くと、
「バイトあるから、途中までこっち」
「え、こんな朝から?」
「適当に時間つぶすよ」
今思えば、田舎から出てきたばかりの娘が1人東京に来てたら、送りたくもなるかもしれない。額面通り受け取った私は、素直にそうなんだと思った。
「ホテルまで帰れんの?送ろうか?」
「大丈夫、そんなに子供じゃないよ」
というと、笑われた。
まるでその言い方が子供だ、というように。
なんだかくすぐったくてつられて笑う。
「じゃあ、またね」
ーまた、東京で。
ドアが閉まる。
小さく手を振ると、ニヤッと笑って振り返してくれた。
その後本当に東京に就職した私は、何度か彼と会った。でもたいてい彼の仲間やファンと飲むことが多く、人付き合いの苦手な私はフェードアウトしていった。
しかしある午前3時。
彼からの着信。
何度かあったけど、私は出なかった。
なんだろう。
これに出てしまうと、何かが始まってしまいそうで。
こわかった。
うまく言葉を発することができない自分。
私は私が嫌いだった。
誰かに好かれることが、こわかった。
そんなわけない、と心の中で叫んでいた。
私は、逃げたんだ。
不完全な私の気持ちも、
もしかしたら勘違いかもしれないけど彼の気持ちも、全部、宙に浮いたままで。
さよならもできずに。
これは、私が逃げたことの記録だ。
逃げることは、自己防衛だ。
でも恋愛においては、誰かを傷つけているかもしれない。
プールに初めて飛び込むのは誰だってこわい。こわくて、苦しくて。同じ温もりに浸るほうが楽に決まってる。だけどその先に、もっとキラキラした世界が待っているとしたら。
知らないのは罪だ。
私の中にあった小さなキラキラの欠片も
夏の空に淡く溶けてしまった。
夏になると、たまに思い出す。
もしかしたら、と思ってググっても、彼の名前は出てこない。
夢、やぶれちゃったかぁ。
今頃なにしてるかな。
ギター弾いてて。
歌が上手くて。
関西弁のおっちゃん。
うん。なかなかカッコいいと思うよ。
(2185字)
ーーー
この記事は、
こちらの企画に参加しています。
⬇️1番乗りで大切な思い出を教えてくれた、xuさん。
xuさんの心をのぞいちゃったような((*´艸`)
しっとりと素敵な思い出、ありがとうございます。
(紹介記事はまた改めて)
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初心者大歓迎、やればハマる俳句も夏のお供にぜひどうぞ(*´ω`*)
それぞれの夏、まだまだ募集中です☺️💓
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