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癒し屋、始めました【ショートショート】

ーもう疲れたなぁ...

会社のベランダで、一服。
きつい仕事。深夜の帰宅。家族との会話もなし。
俺は何のために、つらい思いで働いてるんだろう。

ーここから落ちたら、楽になるだろうか。

「癒し屋始めました!今ならオープンセールにつき、1回500円」

いつもの帰り道。

こんな店あったかな。
深夜だというのに、灯りがついていた。

「いらっしゃいませ」

出迎えた女性は、黒いシャツに白ズボン。エプロンをつけ、猫耳と猫のしっぽをつけていた。まずい、やっぱりそういう店なのか。

「本日オープン記念につき500円でお受けいたします。ご安心ください、怪しいお店ではありません。普通のマッサージ屋です。お客様、こちらどうぞ」

カーテンの奥に案内されると、上着を脱いでベッドに横になった。上から薄いタオルケットをかけられる。

マッサージが意外と心地よい。
疲れていた俺はすぐに眠ってしまった。


ー気づくと、自分の家のベッドで眠っていた。

夢でも見たんだろうか....

翌日、会社にいくと仕事がほとんど片付いていた。どうやら今日は定時で帰れるらしい。 

「あら、こんなに早いなんてめずらしいわね」

いつもは不機嫌な妻も、今日はやけに愛想がいい。子供たちもやたらニコニコして話しかけてくれる。俺はビールを飲みながら、寝っ転がってテレビを見る。なんていい日なんだ。

「あれ、そういえばノアは?」

いつもリビングに寝ているはずの猫がいない。あの上が黒くて、下が白い模様の。

「ノア?だれのこと?」

妻も子供たちも不思議そうな顔をした。おいおい、飼ってる猫のことを忘れるなんてありえないぞ。

ふと妻の後ろ姿をみると、お尻から猫のしっぽのようなものが見えた。

「おい、お前…」

後ろから妻に声をかけると、はっとして振り向いた。

「どうしたの?」

もう一度見ると、しっぽなんてどこにもない。おかしいな。疲れているのかな。

ビールを取りに冷蔵庫を開けると、やたら魚の生臭いにおいがした。そぉっと、振り向いて娘を見ると、頭に猫の耳がついている。

ーおい、まさか。

俺は急いで外に飛び出した。


癒し屋のドアを開けると、黒シャツと白ズボンの店員がいた。黒い猫耳と、黒いしっぽ。ノアの特徴と全く同じ。確信はない。しかし店員は、俺を見ると顔がこわばった。

「ノア…?」

はい。

「お前、何をした?」

ご主人の望みを叶えたんです。仕事もうまくいって、早く帰れて、“みんな”も優しかったでしょう。どうです、癒されました?

「あいつら、猫じゃないか!頼む、元の世界でいい。家族を返してくれ!」

俺はノアの前でひざまずいて懇願した。

ーニャオオオーン。

その時、猫の遠吠えが聞こえた。
俺はまた意識が遠のいていった。

...

「行ってらっしゃい」

妻は相変わらず無表情。子供たちが話しかけてくれることもない。仕事は死にたいほど山積みだ。

でも、これでいい。次の休みには皆でどこかに出かけよう。ノアが眠そうな顔でチラリとこちらを見た。

(1195字)


昨日旦那が、会社のベランダから下を撮った写真を送ってきた。

疲れたな…
ここから落ちたら楽になるかな

とLINEしてきた。

なにいってんの?といいつつ、ドキッとした。5階から下を見た写真は、やたら高くて、暗くて。怖かった。

...
私にとってショートショートといえば、
星新一さん。

ボタンを一個かけ違うと、
そこは不思議な世界。

疲れた時には、
こんな空想で現実逃避。

そして、明日は元気になれるといいな。


本日締切のピリカグランプリにルーキーとして参加させて頂いてます。書くのって楽しい。新たな世界、開けました。

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