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月が咲いた夜に。

蝉の声が聞こえなくなった、帰り道。

見上げた空で、月と目が合った。

そんな気がした。


まだ青空なのに、

青白い月が昇ってきていた。

なんとなく

見られていた気がして

私は目を逸らした。



やましいことなんてないはずなのに

こころの奥まで見透かされそうで

そのまま一緒に空に溶けていきそうで

月を見ないように

月に見られないように

遠回りをして帰路に着く。



サクッ。サクッ。

枯葉が地面の端に落ちはじめている。

蝉の死骸が転がっている。

微かに聞こえる虫の声。


手に持つビニール袋がシャカシャカ揺れて

ぽつぽつ光り始める街灯を数えながら

長い長い、帰り道。

そして、思い出した。

帰っても、もう

あの部屋に電気は付いていないこと。

蒸し暑い空気を押しやって

エアコンのスイッチを入れる。


そこにあった温もりは

そこにあったはずの後ろ姿は

もうどこにもなくて

空っぽの部屋で、ひとり

音のない音が耳の奥まで響いて

眠れない夜を過ごしたことを。




泣いても、戻らない、戻れない

わかってる。


でも私が泣かなければ

いったいどこの誰が

私の心を愛しんでくれるいうのか。


誰も抱きしめてくれないのなら

私は私のために

泣く。





窓を開けると、秋の風。

遠くから響き渡る電車の音。

煌々と夜を照らす月は

いつのまにか部屋の中に入ってきていた。

季節はめぐる。

私もめぐるだろう。

いつかまた、その時まで

私は月を抱いて

眠りにつく。

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