はじめての最後#31
あと1週間で、私が恋した彼がこの地から去る。
いつ引っ越すの?という問いかけに
「29」
とだけの返事。
「もう」
「会えないの?」
という重苦しい私からのメッセージは、
当然の既読スルー。
このまま何の返事もしないつもりなのだろうなと何となくわかっていた。
土曜日には、barのマスターの恋人さんのバースデーだったので、
「○ちゃんのお誕生日だから行くけどあなたは今実家?」
と聞いてみた。
「戻ってるけどやること多くて行けそうにない」
という返事だった。
その後に勇気をだして電話をしてみた。
少しでいいから声が聞きたかった。
実家に居ない貴重な週末の彼が、この地にいる。
その最後の週末だった。
反応無し。
「まだお仕事だった?」
のメッセージも既読スルー。
引越し
仕事
勉強
監督
お父さんの一周忌
私が聞いてきた今月の情報を踏まえて、想像するだけでも、やることだらけの彼なわけで。
素直に忙しくて疲れ果てた日々を過ごしている真っ最中なわけで。
わかっているけど、ここまで来たら言いたい。
あなた
私を面倒だと思っているよね?
メンドクサイことに手を出して失敗したなぁ…と。
このまま静かにこの地を去って、早く楽になりたい。
仕事もこの地から変わって新天地でリセットしたい。
引っ越してゆっくりしたい。
早く恋人に会いたい。
てな感じかな。
私は彼がだいすき。
だからその願いを叶えてあげたい。
そうすることが彼の望みなんだったらそれでいいや。
でも
そうならそうと、教えて欲しいよね。
そういう気持ちだと伝えるということは、罪悪感なのか無駄なことなのか、いずれにしても彼にとって気持ちを表すことは無価値なのだろう。
私への思いやりは、まずない。
大切にしたいものではない。
はい、わかりました。
恋は一体いつから終わっていたんだろう。
終わっていると気づいていない時から、教えてあげて欲しい。
いつの間にか終わってた恋だと気づいた側は、虚しさが悲しみに勝つほど恥をかいて穴があっても隠しきれないものだ。
恋する気持ちは、自分が勝手に思い続けていたら継続できるものだけど、私はもうひとりで思うだけの恋では満足出来なくなっていた。
ここまで雑に扱うなら、まず栄養を与えてくれないと、ただ、だいきらいになる。
私には想像出来ない忙しさで、ひたすらシンドい今の彼が、ストレスや疲労で弱っていないといいな…
だいすきでだいきらいな彼だけど、心配だよ。
彼は、本当に優しい人。
先がない私との関係をわかっているからこそ
嫌われてもいい対応を、いや、むしろ嫌ってくれたらいいなと願ってこう対応しているのかな。
切ないね。
きっとこれが正解だと思う。
自分を着飾らない人だから。
そして私との未来は、ないっていう証。
あんなに意気込んだ1ヶ月、一度も2人で会えなかったな。
barで偶然会って顔は見れたけれど。
所詮この程度の縁だった…
この先に、彼が引っ越した先へ遊びに行ってもいいって言ってた言葉はどこへ消化すればいいのだろう。
馬鹿なフリして、無邪気に遊びに行きたいと言えば続くのか?
彼ともう一度だけ、
もう一度だけでいいから、
きちんと話したかった。
消化不良だよ、これじゃあ。
でも彼はこのままフェードアウトしたいのだろう。
と感じる。
さてと
立ち去る彼に、何かメッセージをすべきか
敢えてしないか
どうする、私。
で
土曜にそのbarに行く前に、馴染みの立ち飲み屋のマスターも誕生日だったので、友人と2件分のプレゼントをそれぞれ用意して、飲みに行った訳だけど。
まずは、たこ焼きとハイボールの居酒屋へ1軒目。
友人と出掛けるのが2週間ぶりだったのと、お酒を飲める状況だったことが嬉しくてウキウキした。
彼と会えそうならいつでも空けれるよ、と期待していたけど、その予定は入るわけもなく。
1軒目に入り席を指定されて座る矢先に、今シーズンはまだ着慣れていない上着で隣の席に置いてあったビールジョッキを倒してガシャン、びしゃ、と。
やらかしてしまった。
ちょうど外でタバコを吸っていた男性達の席で、その場には誰もいなかった。
店員さんに平謝りし、タバコを吸っていた人達の所へ行き、平謝りした。ビールを注文し直しますと申し出たけど、お店の好意で出し直してくださった。
恥ずかしいやら申し訳ないやら。
だけどそれがきっかけで、男性4人組とこちら女2人で、少し和んで隣同士少し絡みながら飲んだ。
お腹も満たされ、3杯ほど飲み程よく温まりそろそろ2件目の立ち飲み屋へ行く時間になったので、私達は先に1軒目を出た。
ある意味メインだったその2軒目では、シャンパンを開けて、大いに祝い、大いに飲んだ。
釣り上げたハタを持ち込んだ人がいたので、マスターに「さばいてよ」と言われ、この日初めてカウンターに入ってマスターと魚をさばいて、アラを煮付けておつくりを作った。
常連たちに振舞って、女将さんになった気分にさせてもらい、カウンターの中で日本酒をいただいて、またシャンパンを飲んで、かなり酔った。
休憩に外でタバコを吸っていたら、先程の1軒目の男性4人が通りかかる。
再会に喜び、酔った私はビールをこぼした人とハグしていた。
こういうところだよね。
反省して、彼らに次の店で待ってると言われたが行くのはやめておいた。
いつものbarでもお祝いがあるんだもの。
彼は来ないけれど。
大盛り上がりの立ち飲み屋を後にしてbarへ向かう私と友人が交差点の信号待ちをしていると、立ち飲み屋にいて日本酒をご馳走してくれた男性が何故か待ち構えていた。
一緒に行こう、と酔っている私の腕を取り、先程の盛り上がりの延長で何故か一緒にbarへ行った。
勢いよくマスターの恋人ちゃんを祝い、プレゼントをしてロウソクに火をつけて。
とにかく盛り上げて楽しく飲もうとしていたが、気がつくと隣に座ったその男性は、常に私のおしりや腰に手をまわしている。
お腹にまわしてきたときに、反射的に
「きゃあ、どこつまんでんの」と笑いながら言っていると
「おい、そういう店じゃないから」と
マスターが珍しく真顔で制止した。
男性は冗談冗談と言わんばかりだったが、ほどなくして白タクを呼ぶと、ウイスキーを飲み干した。
チェックすると言った彼のお会計は、ウイスキー1杯のはずがまぁまぁ高かった。
あれ、マスターぼったくってんのか?
怒ってんのか?と思ったが、後で聞いたら勝手に私と友人の酒代もつけていたらしい。
その男性が、
「見送りだけして」と言うので、見送って帰した方がいいなと思い、見送ることにした。
店から出ると、建物の2階にあるそのbarは、隣のスポーツジムを通り過ぎてから外階段がある。
その出たすぐのスポーツジムにさしかからないところで、突然すごい勢いでキスをされた。
かなり強引だけど、50代のその男性の熟練されたディープキスは容赦なかった。
男性の携帯が鳴る。
白タクの運転手に、五分だけ待ってと言うと、すぐに電話を切り、また激しくディープキスが始まった。
何が起きてるんだ?と思いながら壁に押し付けられていた。
引き離そうとしたとき、そのせいでできた空間を利用して、いきなり私の秘部に男性は手を入れた。
あれ、タイツ履いてたはずだよな、
どうやって触ってるんだこの人?
と思っているうちに、何故だか私は突然の指攻めと口答え出来ないディープキスに身を任せていた。
驚くほどすぐに濡れて、くちゅくちゅと音をたて始めた。
声が漏れそう。
いや、漏れていた。
「すごい濡れてるよ」と囁かれて、より一層に溢れ出るのがわかった。
酔っていたせいにしたいけど、私は感じていた。
「舐めてよ」と言う男性に
「無理」と言いながら、くちゅくちゅと音を立てられ続けている。
このままだと軽くイッてしまう、、、と思った瞬間
もし彼が来たら…とやっと思った。
「ほんとにダメ」
とやっと押し返したら、その男性の後ろに、店のバイトの子の彼氏が立っていた。
「あ〜!○○!お店戻ろ!」
と何事も無かったかのようにその男性を振りほどいて、1ミリも振り返らずお店に戻った。
息が上がっていた私に、友人は「階段大丈夫だったー?」と聞いてきたが、私はトイレに行き、濡れた秘部をそっと拭いた。
何だったんだ…
呆然とした。
なんで感じてんだよ、ばか。
てかあれ誰だよ。
○○(バイトの子の彼氏)はどこまで見てたんだろう。
モヤモヤしたけど、必死に何も無かったかのようにして、息子が迎えに来てくれるのを待ち、家路に着いた。
飲みすぎてそのまま寝たけれど、2時間程で目が覚めて、急に激しく自己嫌悪と汚らわしさを感じて、急いでお湯をはった。
朝方にお風呂に入り、しっかりと汗をかいて酒と汚らわしさを洗い流した。
私の思い出の詰まったbarで、何をしてるんだ。
何をしてくれちゃってんだ。
誰なんだ、あのじじい。
どうやら何度も見かけられていたとは言っていて、お互いの知り合いは共通らしかったけど…
それにしても私は油断しすぎなのだろう。
いつも楽しく何でも話して、下ネタで盛り上がったとしても、こんな風にされることはない人達と遊べていたんだ、と改めて周りに感謝した。
と同時に、自分の甘さと、感じてしまったという恐怖と罪悪感が押し寄せてとてつもなく嫌な気分だ。
こんなことなら、あの4人組の言っていたお店に行って合流すればよかった…
って。
この思考で合ってる?
私は
熟練のエロ職人みたいな、または女遊びをしまくったバブルの名残みたいな、そんなチャラじじいのテクニックでイカされるより、ぎこちなくても優しくて私の秘部を「舐めたい」と言わず「キスしていい?」と聞くあの彼に抱かれたいのだ。
まじ何やってんだよ、目も当てられないわ。
こんな女だってこと、わかってて…
だから彼は私なんかいらないのかな。
奇しくも、初めて彼に抱かれた日と同じワンピースだったことが、更に私の気分を最悪にした。