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本の感想ほど難しいものはない
どなたかが書かれた『ワラグル』の感想を見つけました。それが秀逸によかったんですよね。ちょっとここでご紹介させていただきます。
ワラグル
深夜ラジオでのCMで宣伝されていたこれ。
著者のことを知らなかったので、CMからは軽快なエンタメかなって想像して読み始めたら…手が止まらず一気読み。めちゃくちゃ食らわされた。
笑いに人生のすべてを懸けて、そして魅力に取り憑かれて、狂っていく人たちを熱量と滑稽さと悲壮感と危うさをすごくいいバランスで描いている。
お笑い関係者だった人たちが描く作品って、どうしてもコントのネタのようなイメージを持ってしまい、その上手さ的な部分が印象に残りがちだけど、これは物語と人間が強烈に焼き付く。
よく語られるようなお笑いの凄さや覚悟のようなものを、そちら側の自己陶酔に傾ききるのではなく、諦めや挫折、世間と比較したときの立ち位置など冷静に分析して描写しているので、僅かでも自分たち一般人との接点を持ち続けながら登場人物たちの感情に触れることができる。
それがよく出ているのが、与一と文吾が初めて公園で話すシーン。日本一の漫才師という称号を持ちながらも、冷静に社会との距離を理解していて、そして理解しながらも、その距離を補うためにもっとお笑いにのめり込まなければならないという狂気にゾクゾクしてしまう。
そして、そのようなお笑いに懸ける人間たちの物語に魅了されていると、終盤でガラッと、まんまと錯覚させられていたことが判明する。
最初は「え?」とうまく理解できないんだけど、自分が思い込んでいたことに気づきはじめると、どんでん返しの上手さというより、もはや寒気すら感じる。
しかもメイン三人の主人公的要素の割合みたいなものまで一気に変わり、物語の全く処理していなかった面白さがどんどん押し寄せてきて処理しきれなくなる。
読み終えたあとには、興奮か幸福感か、それとも一抹の寂しさなのか区別しにくい感情が残り、それをもう一度味わって確かめて、そして著者が散りばめた仕掛けをじっくり味わい直したくてすぐにでも読み返したくなる。
作家にとって本の感想を書くって非常に難しいものなんです。
というのも作家は、感想を読めばその人がどこまで読み込んでいるかを理解できるからです。何せ自分で書いていますからね。
時々感想でも、「ああしたらいいのに」「こうしたら」みたいなことを書かれている方がいるんですが、それってもう作家にとっては自明のことなんですよね。
「ああ。これはこうこうこういう理由で捨てた展開で、しかもそのストーリーにするとフリがなくなるから……」ときちんと理由を説明できます。
優れた感想というのは、作家の狙いや想いをきちんと理解し、言語化できているものなんですよ。
だから僕は、他の作家さんの作品の感想を書くのが一番難しいと考えているんです。
「ああ、この人はこういう読み方しかできないのか」って作者本人にはすぐにバレるじゃないですか。
でもこのワラグルの感想を書かれた方は僕の意図を把握しつつ、その魅力を伝えてくれています。
作家から見て本当に優れた感想なんですよ。
まず僕がワラグルにおいて留意したのは芸人と世間の距離感です。
僕もそうですが、芸人さんもお笑いというエンタメで飯を食っています。いわゆる娯楽産業にいる人間です。
僕が尊敬する任天堂の三代目社長・山内溥はこう語られています。
『我々は不要不急の商品を作って飯を食っている』
生活必需品のように必要とされず、かつ急ぎもされていない。そんなゲームという商品を売ってビジネスを成立させる。それがいかに困難なことかわかるじゃないですか。
任天堂というのは明治から続く花札の会社で、山内さんは何度も倒産の危機にさらされながら、任天堂を世界的企業に成長させました。
娯楽の世界で生きる困難さと覚悟がこの言葉に込められています。
僕はワラグルで、この花山与一というキャラにその娯楽で飯を食う覚悟を口にさせたんです。いわゆる山内溥と同じ、娯楽産業のトップにいる人間だからこそ語れる台詞です。
娯楽という虚業で飯を食うには、ワラグルになる必要がある。それを花山与一に言わせたかったんです。
そのことを、このワラグルの感想を書かれた方はきちんと理解されている。それはとんでもなく凄いことなんですよ。
正直この意図を看破された人はいませんでした。
さらにワラグルには大きなどんでん返しがあります。
どんでん返し自体はミステリーなどでよくあり珍しくない手法なんですが、ワラグルのようなタイプの作品では珍しいですね。
ただ僕は、ただのどんでん返しで驚かすだけは嫌だったんです。そこに作家としての意図、ストーリーとしての深みを入れたかったんです。
そのこともこの感想を書かれた方は書かれています。ちょっと読んでびっくりしました。ここまでしっかり読み込まれているとは。
これを読んで、自分がここまで他の作家さんの作品を理解できているか不安になりましたね。
作家だからこそ感想の難しさを痛感します。
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![浜口倫太郎 作家](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/145989224/profile_5a867f1e69fabc3969a72911140c346c.png?width=600&crop=1:1,smart)