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『悪友』(#短編小説#ショートショート)

「お前さぁ。いつまで年齢=彼女いない歴、更新し続けるわけ?俺たちもう29だぜ。魔法使いになれるまで、一年きってるぞ」
悪友が、友情と優越感をまぜた目でこちらを覗き込む。
酔っ払い特有のあけすけな表情。眼も顔も赤くなって、ゆでだこみたいだ。
「うるせーな。お前みたいに経験人数さえ増えりゃいいってもんでもないだろう?
今度の彼女……ええと、美紀ちゃんだっけ?あれ、あゆみちゃんか?これがほんとの純恋だ!ってのたまいてただろう?うまくいってるのかよ」
俺は、ビールをあおりながら、話題を悪友に向けた。
新しい彼女ができ、しばらく音沙汰がない期間が続き、突然の呼び出し。
いつものパターンなら、別れたタイミングだ。
今回はまだ一か月もたってない。歴代の彼女の中でも、最短なのではあるまいか。
悪友は、一瞬ひるんだようにのけぞり、ビールに視線を落とした。そしてそのままグイっとあおる。
馴染みの汚くて、うるさくて、うまい居酒屋はこうゆうときにありがたい。
酔っ払いたちの喧騒が沈黙をうまくつないでくれる。
「いやさ。それが……思ってたのと違ったんだよね」
悪友が声を潜めていう。
「なんだよ。どうしたんだよ。珍しく清楚系だったよな」
惚気ながらみせられた写真を思い出していた。
黒髪ストレートのボブ。白い肌、下がった目尻。白いワンピースを着て微笑んでいる。
悪友には言わなかったが、こけし人形に似ていた。
派手めな女が好きな悪友の、これまでの好みと、かなり違いあせったのを覚えている。
「それがさ。全然清楚じゃなかった」
「どうゆうことだ?」
「二回目のデートで簡単にやれた」
「お前、やっといて文句言うなよ」
「そうだけどさ、なんか、恥じらいとかさ、躊躇いとかさ、そうゆうのあると思ったんだよね……」
飲むものが日本酒になるまで続いたまわりくどい話を要約すると、簡単に身体を許した女にすっかり気持ちが冷めてしまったらしい。
まったく、面倒くさい奴だ。
「で、別れたんだろう?それで終わりで問題ないだろうが」
別に悪友が振られたわけでもない。女の話はもうたくさんだ。
「あーあ。今度こそ生涯の女を見つけたと思ったんだけどな」
悪友は好きなだけ話終えてすっきりしたのが、照れたような笑みを浮かべた。
あぁ……
俺はその眩しい笑顔を正面から受け止められず、もう食べる気にもならないつまみに目を落とした。
俺は彼女いない歴=年齢かもしれないが、今まで恋人がいなかったわけではない。
でも、この目の前で顔を赤くして笑う顔が愛おしすぎて、恋人と長続きしたことはなかった。
この顔に何度触れたいと思っただろう……顔に触れて、抱きしめて.........何度想像したことだろう.........でも、悪友の位置から滑り落ちないように……
日本酒をグイッと飲み干し、思う。
これからも、何があろうとも、そばでとことん話を聞いてやるよ。


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