働かなくても5000兆円欲しい!
『未来職安』 柞刈湯葉 読了レビューです。
ネタバレ:一部あり 文字数:約1,700文字
ヘッダー画像左:単行本表紙 同右:文庫本表紙
・あらすじ
20XX年、世界は核の炎につつまれた!
なんてことは起きず、ゆるやかに文明は進化を続けていた。
その結果、人類の99%が働かずに生きていくことができるようになった。
彼らを「消費者」と呼ぶ一方で、残る1%は「生産者」と呼ばれている。
これは近くないけど遠すぎるわけでもない未来で、数少ない生産者として働く人間の物語だ。
・レビュー
生活基本金5000兆円欲しい!
本作の舞台となる世界では、機械による自動化が大幅に進んだ結果として、ほぼすべての人類が労働から解放されているそうな。
誰かが夢見た世界であっても貨幣経済は消滅せず、99%の消費者は国から「生活基本金」なるものが支給されていると。
具体的な金額は明示されないけれど、最低限の所得を保障するベーシックインカム、あるいは生活保護費のようなものだろうか。
ちなみに厚生労働省の生活保護制度は、次のように説明されている。
主人公の目黒 奈津は26歳、女性、独身で、地方都市に住んでいる。
本作の作者が福島県の出身とのことなので、同県を参考に生活保護費を計算してみると、だいたい月10万円と出た。
住宅に関する費用や物価が不明なので推測になるけれど、作中では「贅沢はできない」と説明されており、2022年現在における日本とで大きな違いはないものと考えられる。
その生活基本金で99%の消費者が暮らし、より物質的な豊かさが欲しい場合は労働によって賃金を得る。それが生産者だ。
きっと私が本作と同じ世界に生まれたなら、喜々として消費者でいると思う。
もちろん5000兆円あれば夢と呼ばれる欲望が暴走するだろうけれど、少なくとも預貯金の残高で精神を病むことはなくなるはずだ。
未来職安≠未来の公共職業安定所
現代日本にある公共職業安定所は、略して職安と呼ばれる。
未来に住む主人公の目黒は、「職安」で事務員をしている。
2つは名前が同じに見えるけれど、おそらく異なるものと思うしかない。
労働をしなくても生きていける世界で、わざわざ仕事を求める人間は少数であり、職安を訪れる者もまた少ない。
およそ能力の高い低いが関係しない仕事であっても、目黒には生産者を続けたい理由があった。その理由を「もっともだ」と肯定するか、「くだらない」と切り捨てるかの判断は人によって分かれると思う。
生きるだけなら何もしなくていい世界で、それでも仕事を求めてやってくる人間には様々な理由がある。
彼らには「なぜ働くのか」という動機だけが残されており、それは現代の私たちが、やがて辿り着く未来だとするのは考え過ぎだろうか。
やがて平成生まれも老人に
職安を訪ねる人間の中には田町という老人がいて、次のように語る。
平成の終わった令和元年が2019年なので、その翌年に田町が5歳だとするなら、作中では2080年あたりになるだろうか。
車の自動運転が盛んに研究されている現在、作中に描かれているような人間が運転をしない世界になっているかもしれない。
交通事故が珍しいものとなり、とても安全な社会になったからこそ、目黒は前職を辞めることになった。
仕事の大半が機械に置き換わっているのなら、なるほどと納得しそうになるけれど、やっぱりおかしい。デヴィッド・グレーバーの主張したブルシット・ジョブ、和訳すると「クソどうでもいい仕事」の典型だと思う。
ただ、私たちは本作が描いたような楽園と地獄とが混じり合った世界に、少しずつ近づいていくのだろう。
なぜ仕事をするのか?
あえて考える必要もない、そうした事柄について頭を悩ませるのは、矛盾を生まれ持つ人類の宿命なのかもしれない。
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