見出し画像

飛行機に興味のなかった青年たちの偉業

『銀翼のアルチザン』 長島芳明 読了レビューです。
ネタバレ:なし 文字数:約1,900文字


・あらすじ

 あなたは零戦を知っているだろうか?
 その設計者である堀越二郎ほりこしじろうは?
 彼の所属していた三菱重工業はどうだろう?

 今からおよそ100年前にあたる明治後期から、大正、昭和にかけて、日本の飛行機産業は急速に発展した。
 世界情勢が激動する時代にあって、中島飛行機という名の会社は戦争と共に歩み、終戦と共に姿を消した。

 この物語は先の大戦が終結するまで、三菱と日本の飛行機製造の片翼を担った中島飛行機と、その設計者である小山悌こやまやすしを中心とした群像劇だ。


・レビュー

 今でこそ旅客機が国内外の空港を結び、自由に空を飛べる時代になりましたけれど、おおよそ100年前に遡れば人間が空を飛ぶなんて、多くの人にとっては夢物語に等しかったでしょう。

 私自身は戦後生まれなので飛行機が当たり前に存在しており、自然な流れとしてボーイング社のジェット機に憧れました。
 歴史を辿ると戦時中、そのボーイング社が日本爆撃の中心となった、B-29爆撃機を製造したのですけれど。

 とかく歴史とは不思議なもので、本作の主人公と呼べる小山悌にとって、中島飛行機は「生まれて間もない群馬の田舎の会社」という認識だったそうな。
 なによりも始めから飛行機に興味があったわけではないのに、中島飛行機の創業者、中島知久平なかじまちくへいを始めとした人々との出会いが、彼を歴史の立役者とも呼べる設計者へと変えたらしく。

 小山と共に設計を担った糸川英夫いとかわひでおにも注目です。ロケット開発の父と呼ばれ、小惑星の名前にもなった偉人なのに、彼もまた中島飛行機に来る気はなかったと。

 そうした人々を惹きつけた創業者、中島知久平の存在とその情熱も凄まじいものがあり、

「中島飛行機は金儲けのためにあるのではない。国家のために立っているのだ。軍の分からず屋が何と言おうとも、国が危機に直面しているとき、のうのうとその国難を傍観していることができるか。(後略)」

『銀翼のアルチザン』 長島芳明 初版 205頁

 と叫ぶのです。一方の小山は、激務がたたって肺炎にかかるほど体を壊し、不眠症まで患います。

 不眠症で日に日に体重が減っていく。働けば働くほど給料袋は重くなるのに、体重は反比例するかのように減っていく。(後略)

『銀翼のアルチザン』 長島芳明 初版 187頁

 もしかしたら小山悌は、中島知久平の狂気にも思える情熱にあてられた、哀れな被害者なのかもしれません。
 知久平については以前に本を読んだことがあり、人生安泰コースの海軍を飛び出して起業した、自立心にあふれる 変人 傑物だったとのこと。

 中島飛行機という会社に目を向けると、自社の機体だけでなく三菱の零戦、それらに使用する発動機エンジンの「栄」、「誉」などを作っていました。
 堀越二郎を主役にした『風立ちぬ』や、彼の設計した機体が有名過ぎて影に隠れてしまっていますが、中島なくしては零戦も飛ばなかったのです。

 どうにか空を飛べるものを研究し、それを戦える兵器に仕上げるには時間と労力、なにより資金が必要です。各種の条件をクリアするには政府、というか軍との関係は必須なのに、同時に足も引っ張ってきます。

 戦時中における陸軍と海軍の中の悪さは聞いたことがあったものの、やれ製造ラインを分けろだの、両方の飛行機に関わるとは何事だとか、ちょっと頭おかしいのではと思える物言いがつきます。

 悪化していく戦況と資材不足、なにより熟練工の不足によって、未熟な製造技術で作られる機体は、もはや「飛行機の形をした別物」と呼ぶべき状況。それなのに軍の求める計画数は変わらないと。
 昨今の製造業においても、納期優先や数値の達成を求めた不正が次々と明るみに出て、歴史は繰り返すということなのでしょうか。

 やがて日本が降伏して終戦が訪れても、小山たちの人生がそこで突然に終わるわけではありません。
 中島飛行機は富士産業となり、富士重工業、そしてSUBARUへと変わりました。彼らの夢見た起死回生の飛行機、富嶽ふがくもまたラジコン飛行機として再現され、群馬の空を飛びました。

 1945年の終戦から75年あまりが過ぎ、当時のことを知る人々も少なくなりました。しかし、間違いなく戦争は起きて、その後の世界に私たちは生きています。
 常に動き続ける今を注視するだけでも大変ですけれど、過ぎ去った過去から学べるものもあると、本作の持つ情熱が訴えかけてくるのでした。


・おまけ


いいなと思ったら応援しよう!

りんどん
なかまに なりたそうに こちらをみている! なかまにしますか?

この記事が参加している募集