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劇場版 めぐりあい片手袋
『片手袋研究入門』 石井公二 読了レビューです。
ネタバレ:一部あり 文字数:約1,800文字
・あらすじ
道を歩いているとき、運命的に出会った相手。
あなたは五本の指を優しく包み、ケガや寒さから守ってくれる。
けれど運命のイタズラによって引き裂かれ、片方だけになってしまった。
そんなあなたに恋してしまった人間が、この広い世界にはいるらしい──。
・レビュー
事件は妄想で起こってるんじゃない! 道路で起きてるんだ!
まず始めに「片手袋」とは何でしょうか?
本書の冒頭に書かれたイントロダクションにて、ひとまず次のように定義されています。
片手袋 = 寒い時期なんかによく町に落ちている片方だけの手袋
歩いていると視界に入ってくる道路上の物体で、何かしら目的があって置かれているわけではない、1組の手袋のうちの片方。
そうしたものをひとまず「片手袋」と定義しています。
本書を読んでいくと実に様々な片手袋が存在し、ひとまず、と添えている理由に納得できるかと思います。
私自身は通勤やバイクでのツーリング中、よく道路の端に片手袋を見つけます。
防寒用の分厚いものや、作業用の軍手、使い捨ての薄いビニール手袋などが、必ずといっていいほど視界に入ってきます。
おそらく誰もが見かけていながら、それを研究対象に定めてしまったのが作者であり、彼の奇行もとい観察と分析の積み重ねによって、世にも奇妙な本書が生まれました。
オールシーズンに生息! 片手袋の生態!
2018年に作者が出会った片手袋は400枚におよび、その分布は冬にあたる12月~3月が多かったそうです。
しかしながら4月~11月に関してもゼロというわけではなく、すべての季節を通じて現れるとしています。
手袋は左右1組であるはずのものが、何らかの理由によって路上に舞い降り、そのまま住みつく場合もあれば、誰かの手によって生息地を変える場合もあります。
思い出してみてください。
なんとなく高そうな革製の手袋が落ちているのを見つけ、そっと近くのガードレールなどに引っかけたことが、今までの人生で1度くらいあるのではないでしょうか。
少なくとも私は数回やっていますし、それ以上に片手袋を生みだしています。
ここで重要なのは、片手袋は生まれた後に変化する可能性をもつことで、作者も次のように注意喚起しています。
片手袋は静的ではなく、動的な現象であることは常に意識しておいてください。
片手袋は滅びぬ! 何度でも甦るさ!
本書は片手袋が生まれたであろう状況で分類するだけに留まらず、「落としもの」として届けられた片手袋や、深海に生息する片手袋にまで言及しています。
それによると2017年に拾得物として受理された手袋は12万を超え、片手袋だけでも5万枚にのぼるとのこと。
天上の星々を感じさせる無数の片手袋があるなら、その生息域が光の届かない深海にまで及ぶのも当然といえます。
ただし便宜上は「深海デブリ」として扱われるそうで、宇宙空間のゴミを「スペースデブリ」と呼ぶのに近いです。
誰かにとってはゴミでも、持ち主は失くした片方を探しているのかもしれず、それを踏まえるなら片手袋には死という概念自体、そぐわないのかもしれません。
めぐりあい片手袋 ~ season ∞ ~
もともと落ちている手袋は認識していたものの、やがて忘れてしまうのが大半です。
けれどすべての片手袋は人間が生み出し、落ちるまで、さらに落ちた後の物語が存在するのです。
目の前にある事象から過去および未来を想像する能力は、人間の有する数少ない長所だと思います。
本書は生きやすくなるために切ってしまった、興味のスイッチをふたたび作動させてくれる入門書であり、大量生産と大量消費で成り立つ、歪な現代社会を映した鏡でもあります。
たかが1つの片手袋で世界は変わらない。
そうかもしれません。
けれどもしも片手袋のない世界だったとすれば、私たちの生きる現代社会は現在の姿ではなかったかもしれません。
この文章を打つキーボードもまた、形を変えた片手袋のようなものであり、webの海で呼吸をするには欠かすことができません。
自分にとっての片手袋とは何か?
そんなことを考えさせてくれる、やっぱり奇妙な本書の終わりに、作者は次のように書いています。
片手袋とは呪いである。しかし、それは楽しい呪いである。みなさんもこの呪いにかかってみませんか?
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