「カッコイイが生き方の軸だ」と、彼は言った。
遠距離就活をしていた。
金曜午後に新幹線で東京へ行き、月曜朝に家に着く夜行バスで戻る。
自分のバイト代だけじゃなく、彼氏(今の夫)もわたしの就活のためにバイトしてくれていた。
「会いに来てくれるお金は半々にしようって最初に決めたじゃん。俺ももらってたしさ」と言ってくれて、わたしは彼が暮らす東京のワンルームを拠点に、50社を受けた。
(そしてことごとく落ちた)
わたしには働く上での、致命的な欠点があった。
極度の人見知りだということ。
気弱でもある。
さらに、物書きとして生きていきたいという気持ちを捨てきれず、やりたい職種を見つけるのに苦戦していた。
書くのは得意だからエントリーシートは通りやすい。けれども、せっかく掴んだチャンスをむだにしていた。しゃべりが致命的に無理なので面接やグループワークで落ちるのだ。
自分に合う仕事を見つけるため、また、初対面の人と話す練習をするために、セミナーがあればどこへでも足を運んだ。
かつかつとヒールの音を響かせ、真っ黒にした髪の毛を後ろでくくり、事前にパソコンで調べておいたルートを書いた紙を持ち、東京の地下街を歩く。
普段履かないヒールに押し込められた足は、いつでも血まみれだった。
「痛いからサイズを上げたいです」と懇願するわたしに、シューフィッターのおねえさんは「お客様のサイズはこれで間違いありません。慣れます」と無慈悲に言った。
普段履くよりややお高いマットな質感の黒パンプスは、就活をしていた一年間で、わたしの足を変形させた。(#なんのはなしです靴)
セミナー参戦を重ねるうちに、わたしは少しずつ人慣れしていった。
修羅場も経験した。
とつぜん、初対面の女子に攻撃的な物言いをされ、グループワークでも「凛花さんの意見はつまらないしダメだと思います!」とボコボコにされたり。
圧迫面接で完全なる人格否定をされたり。
セミナーに来ただけなのに、今から十人に営業をかけてこいと外に放り出された会社もあった。
それでも、社会人になっていた先輩が
「就活期間は宝物になる。無料でこんなに学びがある時期はほかにないんだよ」
と言ってくれたので、わたしはたくさんの人の話を聞き続けた。自分の生き方を探すために、いろいろな会社を見た。
当時出会った人たちの話は、今でも覚えているものが多い。
確かに、かけがえのない学びだった。
いちばんに心に残ったのは、第1希望の会社の「社員と話す機会を」としてセミナーに来ていた男性社員の話だった。
ほかの男性社員が皆、ビジネスパーソンらしい装いをしている中で、その人は異質だった。
金髪にサングラス、ファンキーなゆるめの洋服。
ところが話を聞いてみると、ものすごい熱量と知性を持っている。
「迷ってるならさ、生き方の軸を決めるのがいいよ」
とその人は言った。
「オレはね、かっこよく生きるって決めてるの。そうやって決めるとさ、見える世界が変わる。やるべきことも見えてくるんだ」
あれから何年も経った。
でも、彼の考え方は、いまもわたしの心に根づいている。
彼の話をベースに自分でも考えてみたら、突き詰めると、生き方の軸は、3種類になるのではないかと思えた。
ひとつめ。「カッコイイ」こと。
ここには、男性的なカッコ良さだけじゃなくって、シンプルとか、ミニマルとか、凛としたといった形容詞も似合いそう。
ふたつめ。「面白い」こと。
「おもしれぇ女」をイメージしてみるとわかりやすいかも。個性を大事にするとか、独創的とか、ポジティブやアクティブといった言葉が似合いそうだ。
みっつめ。「かわいい」こと。
愛嬌があるとか、おしゃれだとか、華やかだとか、親しみやすいとか。上品でも女性らしいでも、"かわいい"というフレーズは万能だから、すごく色々な表現につながりそう。男性でもかわいい"愛されキャラ"はありだと思う。
この3つをベースに、自分の軸を決めて行けたら。
そうしたら、なにかを選ぶとき、決めるときに、迷いや後悔が少なくなりそうな気がしている。
20代のときは「かわいく上品に生きる」を目標にしていた。
不思議なもので、短いキャッチフレーズがあると、心に言葉が根づいていく。
いま考えると、この言葉が根底にあったからこそ、不得手だったメイクやファッションに向き合っていたのかもしれない。
あれから年齢は重ねたけれど、自分を物理的に加工する技術は、飛躍的に上がった気がする。
(なんのはなしです化)
たくさんのセミナーを受けた結果、経験値が溜まり、最後には内定をふたつもらえた。
苦手なグループワークでは、特技である書くことを生かして書記になり、かつ、発言できていない人に心を配ることで乗り切れたのだった。
「かっこいい」よりも「かわいい」がいいな、そう思って、親しみやすさを演じたことが、功を奏したのかもしれない。
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