「梅仕事」 ~ 梅雨のおくりもの ~
雨の匂いが近づき店頭に青梅が並んだ週末、今年も「梅シロップ」の仕込みをした。
真夏の外出から帰って飲む、冷たい水と氷で割った梅ジュースの美味しさ。細胞のひとつひとつが音をたてて喜ぶような命のご褒美を愉しみに、毎年いそいそと仕事にかかる。
俳句の季語にもある「“梅仕事”という言葉に馴染めない。」FBで見かけたそんな一言を意外に思ったのは、軽く腕まくりするような仕事始めと、終わった後の達成感をむしろ心地好く感じていたから。
仕事という名の“梅遊び”
清々しい青梅の香と戯れる小さな年中行事を得て以来、憂鬱の多いこの季節に翡翠の彩りが生まれた。
「青梅が出始めたわね。今年も二人でシロップ作ったら?」
故郷の高齢者ホームに移り住んだ母の、電話の声が弾んでいた。
意外な熱意に押されて妹に連絡をすると、やはり「えー、“買った方が安い”とか言ってたクセに!」
「まあいいんじゃない。なんだかそうして欲しいみたいよ。」
離れて暮らすようになった母にとっては、娘達が作業する様子を想いながら山盛りの梅の緑とその香りに包まれる梅雨入り前のひと時を共有したいのかも知れない。「シロップと梅ジャム出来たら送ってあげよ。」
作業は今年も妹のマンションで。母に代わって飲み友達も一人参加するという。
梅の実のヘタをひとつひとつ楊枝の先で取り除く。
流水に晒してアクを抜く。
水気を切ったら柔らかい布で丁寧に拭き上げる。
緑が映える指先にうっすら青い香りが移ってゆく。
おヘソに残った水気はさらに綿棒で拭い、さっぱりきれいになった子供たちをバスタオルに広げて本日は終了。
作業を終えた私達は行儀よく並んだ手仕事を横目にワインの祝杯をあげる。今年も美味しい梅ジュースに喉を鳴らせそうだ。
✳︎
翌朝のリビングはいつもよりひっそりして、私は一面の翡翠玉を眺めながら薄青い空気を吸ったり吐いたりした。
朝食をすませ母に電話を入れてみる。
「おはよう! 今、ミウちゃんのところ。
昨日ポンちゃんも参加して梅シロップの準備したよ。」
「あら、三人とは賑やかで何より!
私がこっちに来てミウちゃん一人だから、時々そうやって集まってあげて。」
……母の想いはどこまでも娘達にあったようだ。
外出自粛のオリンピック4連休。出来たばかりの「シロップ」を瓶に詰め、残りの梅で「ジャム」を作って送ってあげよう。青梅の香りに触れるとき、母はまた私たちの事を思い出してくれるだろう。
【連載】余白の匂い
香りを「聞く」と言い慣わす”香道”の世界に迷い込んで十余年。
日々漂う匂いの体験と思いの切れ端を綴る「はなで聞くはなし」
前回の記事: 「梅雨明け」~ 父の残り香 ~
【著者】Ochi-kochi
抜けの良い空間と、静かにそこにある匂いを愉しむ生活者。
Photoマガジン始めました。「道草 Elegantly Simple」
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