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「Vinyl」 ~ 12インチ聞香(もんこう) 〜
コロナウィルスの声が聞こえ始めた2月の初め。法事帰り、人気の少ない京都寺町通りを歩きながらふと目に付いた店に入った。雑居ビルの2階、本か雑誌で見かけた名前。何の店だったかよく覚えてはいないが、古書かレコードかそのあたりだ。
狭い階段を上がってドアを開いたとたんに、懐かしい匂いが鼻をかすめた。古本屋とはひとくせ違うホコリ&カビ臭さは、塩化ビニール「塩ビ」のそれだ。
狭い店内にはレコード盤が入った箱の列を中心に、古本や洋服・雑貨までがひしめいている。ビートルズ1,000円~。山下達郎 “特価” 500円〜。二人ほどのお客さんが慣れた手つきでLPを漁っている。両手でジャケットを繰ってゆくスタスタいう音が心地よく。私も久しぶりにやってみたくなる。
スタスタスタスタ…
ここまで書いてきて、思わずレコード盤の匂いを鼻先に反芻してしまった。
「塩ビ」特有のビニール臭、「レコードスプレー」の匂いも懐かしい。輸入盤は「ボール紙」臭かった。さらに思い起こすと、何かほんのりと温度と共にフワっと立ち上がるような匂いの記憶があるのは何だろう?それも二種類、今も鼻のあたりに……。
うーん、ここまでくると長丁場かもしれない。思い出すまで、放っておこう。
最近レコード盤に人気があるとかで、それを目当てに日本にやってくる海外のマニアもいるという。フィルムカメラに”味”を見出す若い世代がいるように、温故知新の愉しみも発見尽きないのだろう。
レコードの時代も楽しんだし、ラジオのエアチェックやカセットテープにもお世話になった。そしてCDを経て、最近はサブスク100%。私はノスタルジックな人間ではないので、”あの頃は良かった”的な思い入れは無いが、それでもあの日京都の街でふと扉を押した中古レコード屋から手繰り寄せられる「匂い」の記憶が、こんなにも仔細でリアルなのはなぜなのだろう。
そうこうしているうち、”フワっと立ち上がる”匂いの記憶が蘇る。
そう、一つは「静電気」の匂いというのがしっくり来るだろうか? レコードの”内装”に使われていたポリエチレン袋、静電気でLP盤にピッタリ吸い付きながら、解き放たれた瞬間にこちらの髪や顔にフワリと吸い寄せられ、うぶ毛が立ち上がる。そのとき鼻をくすぐった発泡スチロールのような甘い香り。
もう一つはターンテーブルに顔を近づけてそっと「針」を置く時のあの匂い。プレーヤーのアーム先の小さなランプの灯りを頼りにミゾをさがすとき、ライトの僅かな温もりにフワっと立ち上がる香ばしいようなほの甘い匂いは何だったのだろう。LP盤と針の間の数センチの隙間に浮かぶ埃のダンスと共に、今も鼻先にありありと思い出せる。
手繰り寄せられる「匂い」の記憶がこんなにも仔細でリアルなのはなぜ?
それはきっとあの一瞬一瞬、“全身の感覚がすべて開くほどに”幸せだったから……。
そして今、あの直径30センチほどのビニール盤達とその時代・年頃に感謝しつつ、最新の媒体やツールを通じて今自分たちの音楽に胸震わせている若い同胞にも隔たりの無い共感を感じている。
コロナで外出自粛の雪の一日。この日に聞いた音楽、流れていたBGMを、いつか皆はどんな景色や匂いと共に思い起こすことだろう。今しばらくは息を整えて、心の中の一枚に針を落とそう。
【連載】余白の匂い
香りを「聞く」と言い慣わす”香道”の世界に迷い込んで十余年。
日々漂う匂いの体験と思いの切れ端を綴る「はなで聞くはなし」
前回の記事: 「折詰」 ~ 小さな世界の清なる匂い ~
【著者】Ochi-kochi
抜けの良い空間と、静かにそこにある匂いを愉しむ生活者。
Photoマガジン始めました。「道草 Elegantly simple」
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編集協力:OKOPEOPLE編集部