人生悩みはつきもの、と割り切って楽しく生きるのもいいんじゃない?
人生には悩みはつきものだ。
どの年代だって、どんな状態であったって、結局何かしらで頭を悩ましウンウンと唸っている。
子供の頃は、大人になって何でも自分の自由にできるようになれば違ってくるはずと思ってた。早く大人になりたいと思っていた。
いざ大人になってみたら、たしかに自由な面もあるけど不自由な面もちゃんとあって、結局子供時代と自由度は変わっていなかった。
恋人ができたら人生バラ色のはず、と恋人がいない時は思うもの。
でも、いざ恋人ができたらできたで、楽しいんだけど幸せなんだけど、不安や寂しさを色濃く感じてしまう時間もあったりして、バラ色とは言い難かった。
結婚したら人生落ち着くだろうと思っていたし、早く結婚したくて20代前半で一度結婚した。
これもまた、いざ結婚してみても、自分は何も変わらなかった。
幸せな部分もあるけど、夫婦関係という人間関係の中でも難問中の難問に向き合わざるを得なかった。
離婚しても同じ。
幸せな面もあれば、悩ましい面もあった。
私は子供を持たなかったけど、親になればなったで、やっぱり幸せと悩ましい面の両極が共存するんだろう。
「きっと、こうなったら私は悩みから解放されるんだ」
そう思ってその悩みは解消されても、次のステージでちゃんと悩ましいことは用意されている。
だから、人生は悩みに尽きない。
そもそも、悩みというものは良くないものなのか?
悩みが一切ない人生。
経験したことがないから何とも言えない部分はあれど、ある意味、楽しいのかしら?という疑問もある。
悩みが存在するから学べるものがあり、悩みを超えていくから成長があり、悩みから自分を知るチャンスもあったりするんじゃないだろうか。
悩みに占領された人生はご免だけど、少々の悩みは人生を彩るスパイスになる。
適度なお悩みは、人間にって健全なのかもしれない。
悩みが一切ないように見える何時でも明るい人も素敵だなと思うけど、悩んでいる姿を見た時にその人の魅力を感じたり、親近感が湧いたり、手を差し伸べたくなったりするものだ。
私なんぞは、男性の珍しく悩んでいる姿を目にしたら、胸がキュンとしてしまう。
母性がくすぐられるのか、色気を感じてしまうのか。
どちらもありそうだが、魅力を感じてしまうのだ。近づきたくなる。
男性に色気を感じる時は、料理をしている姿と珍しく悩んでる姿…。
あ、ヤバい。話が逸れていく…汗
男性の色気に関しては、また後日記事にしてじっくり語るとしよう。
話を元に戻すとして…
結局なにが言いたいのかというと、悩みを持つということはそれ自体そんなに悪いことではない、ということ。
ただ、こうなったら私は悩みから解放されるんだ、という考えは期待外れになりやすい。
恋人ができたら、結婚できたら、子供ができたら、子供が進学出できたら…。
エンドレス。
悩みから解放されたくて、そこから逃れたくて外に求めても、何も解消してくれない。
本気で解放されたい、逃れたいのなら、自分でその悩みを昇華するしかない。他人の力を借りつつ。
他力を借りるといっても、”他力本願”と”他力を頼る”は、似ているようで異なるんだと思う。
他力は頼るべき。
ただ、他力をあてにして何とかしてもらおうと丸投げしない、ということだと思う。依存しすぎない。
他力を上手に借りることは、その相手との人間関係の潤滑油にもなるし絆も深まる。
どうせ人生悩みはつきものなんだから、他力も借りつつ心のどこかで悩むことも楽しんでいけばいいのかなぁ、と思った今日この頃。
悩むことを楽しむ、と考える私は、もしかしたらMっ気があるんだろうか…?w
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