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労務のTさんが1日1スタンプを送るのは
LINEは苦手な方だった。
さすがに既読スルーをするということはなくなってきたけれど、基本的にツレや家族とも週に1-2回のやりとりだし、自分から連絡をするということ自体がそもそもない。
ところがそんな私が、この1年間毎日欠かさず、冗談抜きで365日以上LINEで連絡を取り続けている人がいる。
それが、前職でお世話になった労務のTさんである。
◇
Tさんは研修担当だった私と連携を取ることも多くて、仕事柄か私が体調を崩したときに真っ先に異変に気づいて産業医面談を設置してくれたのも彼女だし、傷病手当の手続きやら面倒なこと一切をサポートしてくれたのも彼女だった。
TさんからLINEが来るようになったのは、私が退職を決めてからだ。
当時の私は業務委託でも仕事が請け負える状態じゃなくて、会社に対しての申し訳なさだとか悔しさとかそういうこともひっくるめて、まあ簡単に言うとぐちゃぐちゃしていた。
「おい森逸崎。お前が一番懸念しているのはなんだ」
退職届を渡したとき、Tさんは私の様子から汲み取ったのか、そう聞いてきた。
私が一番懸念していること。
新卒の子たちの育成も社内の研修も、やり残したことは山ほどあるけれど。
「多分、みんなとの、縁が切れるかもしれないことです」
振り返れば自分に対して「大丈夫だよそんなことないよ」と言ってあげたいけれど、その時の心境としては本気でそう思っていた。せっかく築いてきた前職の人たちとの縁をこんな形で終わらせたくなかった。
Tさんは「そうか」とだけ言って、私と別れた。
その翌日から、TさんからLINEスタンプが送られて来るようになった。
◇
最初は「なんだこれ」と思ったし普通に「どうしたんですか」と聞いた。
Tさんは「生存確認だ」と言っていた。私はそんなに心配されるほどヤバい状態だったのかと思った。
どうせすぐ飽きて終わるだろうと思っていたけど、毎日毎日スタンプは送られてきた。スルーはできないので私もスタンプを送り返した。
さすがに毎日向こうから送ってもらうのも悪いなと思って、あるとき自分からスタンプを2個立て続けに送ったことがあった。
そしたらすかさずTさんから
「スタンプは1日1個だ。それ以上は許さん。調子に乗るなよ」
とメッセージが来た。普通に笑った。
少し体調が回復してきた時、「そろそろスタンプも大丈夫ですよ」と伝えてみた。
するとすぐにTさんからは
「お前が完全に復活するまで付き合ってやるから安心しろ」
とだけメッセージが来た。
「なんでそんなに親切にしてくださるんです?」
と私が聞くと即座に
「お前の口から、私の素晴らしさを色んな人に伝えてもらうためだ」
と返事が来た。私はまた笑った。
「本気で思ってるからな。1日3人には伝えていけよ」
Tさんはそう言いながら、また毎日スタンプを送ってくれた。
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◇
Tさんの真意を私が理解したのは、私の体調が回復してそろそろ本格的に仕事を始めようと思っていた時だった。
ちょうどその頃Tさんからご飯のお誘いを受けてやりとりしていたら、こう聞かれたのだった。
「お前、最初に誰に会いたい?」
そのメッセージを見た瞬間、私はハッとした。
『多分、みんなとの、縁が切れるかもしれないことです』
Tさんは、かつて私が言ったその言葉を覚えていてくれたのだ。
そして私の懸念に対して、自分と私との関係が切れないことを証明しながら、他の人との縁を復活させようと動いてくれていたのだ。
あの毎日送り合うスタンプは、ただの生存確認なんかじゃなかった。
その後私は会いたかったほぼ全ての人と会うことができて、またそこから数珠繋ぎで元のように縁が復活していくのを感じた。
私が勝手に切れてしまうと思っていただけで、みんな温かく私の変化や次のステップへの道を応援してくれた。
Tさんがいなかったら、きっとこうはなっていなかった。
◇
Tさんへ後日改めてお礼を伝えに行った。
すると彼女はいつもの調子で言った。
「そうだぞ。感謝しろよ。でももっと大事なのは『Tさんがいい人だ』ってことを他のいろんな人に言って回ることだからな」
私たちは笑い合った。
改めて思うことは、私はこの上なく運が良くて、この上なく幸せ者であるということだ。
こんなに細やかに丁寧に、そして優しくメンバーに寄り添う人と一緒に働けたことも、その優しさを受け取れたことも、私もまた別の誰かにそうしたいと思えたことも。
ちなみにTさんとは1年以上経つ今も、1日1スタンプを送り合っている。